「たとえば……今日のような日にさぁ」
「今日のような?」
「そそ。今日のような日にさぁ
私……ずっとやってみたかったことがあるん……だよね」
ある寒い晴れた日曜日の朝、
彼女はいつものように炭火でパンを焼いていて、
いつもより明らかに不自然にうつむきながら、
ぽつりぽつり言う。
ふだんから“照れくさそうキャラ”の彼女だけど、
今日はさらに磨きがかかったもじもじっぷりだった。
「だめならいいの」
「まだ聞いてへんし」
「でも『あかんに決まってるやん』とか言いそう」
「言うてみなわからんし」
「じゃあ、してくれるの!?」
「そやから、まずはそれを教えてって」
「……テレパシーで念じるのでもいい?」
「あかんに決まってるやん」
「ほら、言った!」
「それは言うてる意味がちゃうやん!」
そんな周りが聞いたらもどかしさ爆発うけあいの
意味不明な会話がひとしきり交わされたあと、
観念したのか、ようやく彼女は
「やってみたいこと」を耳打ちしてくれた。
「え~っ!マジで言うてるのん?」
「うん……マジ」
「びっくりしたー」
「……ごめん」
それはなんと長~い一本のマフラーを
ふたりでいっしょに巻いて街を歩きたいというのだ。
「そんなベタなこと、どこから仕入れてきたん?」
「……中学生の時に好きだった少女まんが」
「え、ってことはその時からの夢?」
「そそ。でも今まで誰にも言えなくて……」
「今まで思い続けてたんや」
「そそ。で、もしかしたら、キミなら、と思って」
「……なるほど。でもさ、実際やると
首がキュッと締まって苦しいんとちゃう?」
「うん、そうだね、じゃあいいや」
「いやいや、なんであっさりあきらめるねん」
「じゃあ、あきらめなくてもいいの?」
売り言葉に買い言葉……じゃないか、
コール&レスポンス……でもないか。
そんなわけで僕は、彼女の夢を実現することになった。
さっそく彼女は、毛糸と編み棒を買ってきた。
「わっ!自分で編むんや。やれるんかいな」
「中学生の時の家庭科の授業でやったきりだけど」
仕事から帰ってきて、
ごはんをそそくさと食べ終わるやいなや、
早々にマイ・テントへと向かう。
そして寝袋にカラダ半分をもぐりこませながら、
せっせと編み棒を動かす日々が続いた。
そうして1ヶ月が経った頃、ようやくマフラーは完成し、
同時に僕の心の準備もできた。
「もう覚悟できてるで。いつでもオッケーやからな」
しかし彼女はこの場になって、
やっぱり恥ずかしくてできないと言い出した。
「周りの人にさ、どんな目で見られるだろうか」
「何言うてんねん。せっかくやしやろうや」
なぜか逆に、彼女を説得している自分がいた。
そして、ひとつの名案が浮かんだ。
「そや、そうすればいいんや!」
僕はベージュの長い長いマフラーをぐるぐる巻きにし、
彼女を連れて公園に行った。
そこで2人乗り用の自転車をレンタルし、
彼女を後ろの席に促した。
「ささ、早く乗って、行くで!」
そしてサイクリングロードを走りながら、
巻いていたマフラーを半分ほどき、後ろにたらした。
すると彼女がおそるおそる引っぱり、
自分の首に巻きだした。
そう、こうすればまったく違和感なく
“ふたり巻き”ができる。
彼女はふいに、後ろから抱きしめるようにつかまり、
僕の背中に顔をぴとっとくっつけた。
「あ、あひがどね」
泣いているのか、ただ顔をくっつけているからか、
へんなくぐもった声が後ろから聞こえた。
まだ昼下がりだというのに、
公園は西日できれいな朱色に染まっていた。