農業を変える!

耕されなくなった農地を管理・指導付きの貸し農園として生まれ変わらせる「マイファーム」をはじめ、農業への新しいアプローチで注目されている西辻一真さん。社会の様々な課題を事業によって解決へと導く若手の「社会起業家」としても知られています。私たちの生命を支える「農」の世界に新風を吹き込む彼の原動力とは?農業を通して自然にふれあうことで得られるもの、農業の未来などについてお聞きしました。

原動力は「農業は楽しい」という実体験

―農家のご出身ではない西辻さんが、「農」に関わるきっかけは何だったのでしょうか?

私の出身は福井県で、周りに農家が多い地域です。 田舎だったのでそんなに遊びの種類がなくて、外で遊ぶしかなかった。友だちと遊ぶときは野球をしたりしましたが、ひとりでできる遊びが「農」だったんです。 家の裏庭に家庭菜園があって、ままごとみたいな感覚ですかね?親を身近な競争相手に、おいしい野菜を育てるのを自分で工夫するのが好きで(笑)。肥料のこれとこれを合わせると美味しくなるとか、土が柔らかくなると大きい野菜が育つ気がするとかを考えて作るのが、めちゃめちゃ楽しかったです。今でも、そのころに感じた「農業は楽しい」というのが原動力となっています。
ところが周りを見てみると、農家の友達は実家が農家というのを隠したがったり、手伝いで作業をするのを嫌がっていました。田植えの時期に手伝いで学校を休むときも「風邪」なんて言って。当時は、なぜこんなに楽しいのに?と不思議でしたね。それと同時に、農業の楽しさを誰かに伝えたいと思っていました。

体験農園マイファームで農業体験をする子どもたち。西辻さんの子どものころのように、土にふれ、収穫することを楽しんでいるようです。

―農作物を育てるのではなく、農業を事業としようと考えたのはなぜですか?

具体的に農業の世界に進もうと決めたのは、高校生のころ。毎日通っている道の途中に、放棄されている農地があって、面白い作物があったらみんなその農地で育てるんじゃないかと思ったんです。ドラゴンボールの仙豆(※)みたいな、夢のような作物(笑)。それで、面白い作物をつくろう!と大学は農学部に進み、品種改良を専攻しました。
ところが研究していくなかで、例えば、“食料危機がきた場合に備えて、収穫量が多い品種に改良しなければいけない”という課題があります。でも別の授業では、農業の担い手が減っていると学ぶ。じゃあ、どんなに多収性の作物ができても、育てる人がいないのでは意味がないんじゃないかと思ったんです。農学部でさえ、実際に農地にでて作物を育てていたのは100人いる学生のうち、僕ともうひとりだけ。みんな農を仕事にしようと思って入学したわけではなく、その後の就職先も金融とか証券会社とか「農」に関係ない人が多かった。それで、僕は野菜を育てるんじゃなくて、野菜を育てる人を育てよう、と考えたんです。楽しさを全面に押し出した「農業」を広めたいと。
大学卒業後IT企業で働いたのち、本格的に「農業の世界に挑戦しよう、農業の世界を変えたい!」とはじめたのが体験農園マイファームです。

体験農園マイファームは、縦の赤いラインに緑と黄色も鮮やかな看板が目印。

※仙豆(せんず)…鳥山明原作の漫画『ドラゴンボール』にでてくる架空の豆のこと。栄養価が高く、1粒で10日は飢えを凌ぐことができる。

自然にふれることで生まれる気づきと育まれる人間力

―体験農園マイファームはどのような農園ですか?

柱としていることが2つあります。「自分で作って自分で食べることができる人を増やす」というのと、「耕作放棄地の再生」です。マイファームは耕作放棄地を農家の方から借り、私たちが開墾して、体験農園として貸し出しています。道具の貸し出しや水、堆肥は自由に利用してもらえるようにしているので、いつでも気軽に農園にきて土や野菜にふれてもらえる。初心者の方でも安心して野菜を育てることができるように、管理人が週に2~4日農園を巡回していますが、お客様に野菜を育てる楽しみを体験してもらいたいので水やりなどの管理はお客様でしていただいています。教えて欲しいことやわからないことがあれば、畑のプロである管理人に聞いてもらうという仕組みです。京都の久我山1号農園をはじめ、今は全国で80の農園があります。

農園づくりは、左の写真のように草が生い茂った耕作放棄地を開墾するところからはじまります。ときには大きな石や根を取り除く必要があり、かなりの重労働です。

―マイファームでは、ただの貸農園ではなく、耕作放棄地を対象としていることで、農業界にも新しい息吹を吹き込んでいるのが素晴らしいと思います。コンセプトとして掲げられている「自産自消」にもマイファームらしさがあると思いますが、この言葉にはどのような思いが込められているのでしょうか?

「自給自足」というと食べること、生きることが作物を育てることの目的のような感じですが、「自産自消」という言葉には、作物を育てるプロセスを大切にしようという思いを込めています。プロセスから得る「気づき」があるんです。例えば、曇りの日の作物の様子を見て、陽が足りてないなとわかるようになる。そこから、やっぱり太陽と野菜の成長は連動しているんだなと気づく。そういう色んな「気づき」をどんどん作って欲しいなと思っています。もしかしたらその「気づき」から人生が変わるかもしれない。そういうことを期待して「自産自消」を掲げています。
また、野菜を育てていると、どんなに早く育てたいと思っても、育つまでの間、暇な時間があります。植えて、収穫するまで、どうしても待たなければいけない。その間、暇だからこそいろいろ考えます。ちょっと支柱の角度をかえてみようとか、もっと作物の間隔を開けてみようとか。その期間に考えることが、大きく「人間力」を養うと考えています。人間は自分たちが一番偉いと考えがちですが、作物が育つまでの時間に関しては自然が絶対です。どうしても抵抗できないという、一種の無力感からくる「人間力」の養成は、日本だけでなく、世界に通じると思います。

収穫した物をみんなで味わうイベントなどもおこなわれています。農業を通して協力すること、共に味わい、楽しむ事も「人間力」を育んでいると言えそうです。

自然と人を近づける仕組みづくり

―マイファームでは畑にウェブカメラを設置され、離れていても自分の畑を観察できるなど、新しい技術を利用されていたり、様々な新しい仕組みを生み出すことで農業をビジネスにされているのも特徴だと思います。ご自身が企業にお勤めになられていたという経験もあるかもしれませんが、その点についてはどうお考えですか?

実際のところ、今電気がなくなったとしたら、生きていけないですよね。いきなり自然に寄り添う生活をすることはできないけれど、その距離を縮めることができる色んな道具があります。だから農業も現代風にアレンジしたらいいと思っているんです。マイファームは法人との事業連携もおこなっていますが、例えば、都市部の企業だと農地が遠すぎるとか、また、ある企業には自然災害のリスクが高くて難しいと言われたこともあります。でも、今は誰もが農業は大切だと感じているのだから、近いところに農地を探したり、リスクと思われる部分を僕らが担えれば、何かコラボすることはできると考えています。
このような事業をビジネスで行うことについて、違和感を持たれるかもしれませんが、農業が危ないと言われるのには、収益を上げられなくなっているという理由があります。とは言え農業でも、継続することができるだけの収益は出さないといけない。だから、微力ながらもビジネスの世界で戦わないといけないと思っているからなんです。

2011年から始動した、有機農業を学べる「マイファームアカデミー」は、農家さんの知識に価値を見出したもの。経験豊かな農家さんから直接学べるとあって、海外から通われる方もいるのだとか。

今まで農家さんは農作物を作る人でしたが、僕たちは彼らの経験に裏付けされた知識に価値があると思っています。作るだけでなく、農業を教えたり、農の風景を見せたり、感じてもらえるような複合的な農家が現れることで、農の価値が何十倍にもあがる。未来の農の形だと思っています。最近、大手の農業法人も僕たちと同じ体験農園をはじめました。ビジネスとしてはライバルですが、彼らも教えることの価値に気付いてくれたという点では嬉しいですよね。

―最後に、今後挑戦していきたいことについて教えていただけますか?

僕は自分に課せられている使命は、自然と人間がどんどん近くなる仕組みを生み出すことだと思っています。これから、食料が足りなくなるとか経済破綻など不測の事態が起るかもしれない。そんなときにやっぱり心の拠り所は自然なんだな、と気づいてもらえるようにすることが自分の使命だと思っています。

ありがとうございました。

株式会社マイファーム

これまで農業を体験したことがない人でも楽しみながら農業を楽しめる「体験農園マイファーム」や「有機農業専門学校マイファーム」など、様々なアプローチで農と触れ合うことの喜びを提供しています。お近くの体験農園の検索もこちらからどうぞ。

オフィシャルサイトURL
http://myfarm.co.jp

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西辻一真(Nishituji Kazuma)

1982年福井県生まれ。大学で農業を学んだ後、ITマーケティング会社に勤め、営業・企画を担当。日本の農業に対する危機感の解消と自然にふれあう人間らしい生活の両立を目指して、2007年株式会社マイファームを設立。2010年度農水省政策審議委員に就任。2011年の東日本大震災以降は、被災地の塩害対策にも積極的に取り組んでいる。著書に『マイファーム~荒地からの挑戦』がある。