『PAPERSKY』36号で、16日間かけて東海道を歩いたルーカスさん
“地上で読む機内誌”をコンセプトにした旅行雑誌『PAPERSKY』の編集長を務めるルーカス・B.B.さん。しかし、その活動は雑誌編集者という域にとどまりません。親子のための野外フェスティバル「mammoth pow-wow」や、自転車で日本の地方を巡る「ツール・ド・ニッポン」など、屋外でのイベントを数多く企画。読者を雑誌の外に連れ出し、新しいことにチャレンジしたり、知らなかった文化に出会う場を積極的につくっています。「外に出ると元気になるよね」とにこやかに話すルーカスさんに、活動の根底にある想いをうかがいました。
旅とは、ものの見方を変えてくれる体験。
―はじめに、ルーカスさんが日本で暮らすようになった理由と、雑誌を作りはじめたきっかけを教えてください。
僕が日本に来たのは22歳のとき。初めての海外旅行で、大学を卒業した翌日に、リュックを背負ってたったひとりでやって来ました。なぜ初めての海外に日本を選んだかというと、僕は大学生のころにコスチュームデザインに興味があって、日本の雑誌や写真集にたくさんインスパイアを受けていたから。雑誌や新聞づくりも小学生のころからはじめていて、大学時代に制作した雑誌では、日本の雑誌を参考にしていました。だから、この国に行けば、きっとおもしろいモノや人に出会えると思ったんです。あれから20年。すっかり日本に魅せられて、ここで生活をしています。
編集者としての活動をはじめたのは20代半ば。日本のストリートカルチャーを紹介するバイリンガル雑誌『TOKION』を立ち上げました。ただ、自分が30歳になると、若者のカルチャーというテーマに距離が出てきてしまった。若いときの感覚は、一瞬のもの。なのに、“もうそこに居ない”人が雑誌を作り続けると嘘になってしまう……。そう思って、歳を重ねてもずっと作り続けられる新しいテーマを探しはじめたんです。そうして生まれたのが旅をテーマにした雑誌『PAPERSKY』。よくある言い方だけど、やっぱり“人生は旅”だから。新しい文化や風景、人に触れることは、いくつになっても大切だし、このテーマなら生涯続けていけるぞって。
ルーカスさんが編集長を務める雑誌『PAPERSKY』。次号のテーマは「LONG」。旅の空気を伝えるだけでなく、実用的なガイドブックであることも目指している
―『PAPERSKY』創刊号の特集はどんな内容だったのですか?
創刊号は「大人の修学旅行」という特集でした。3つのチームを作って、それぞれに修学旅行に行ってもらった。1つ目のチームはハワイ。ハワイは日系人の文化が色濃く残っている土地。リゾートとしてのハワイではなく、ルーツを探しにいくローカルな旅をしてもらった。2つ目のチームは奈良。奈良公園のなかにあるホテルに泊まろう!という企画で、中学校の修学旅行で行ったときとは違った奈良が見えたはず。3つ目のチームは東京。老舗の純喫茶巡りをして、日常のなかにも旅があることを伝えたかった。こうして思い返すと、この創刊号は僕の旅のイメージを明確に表しているんですね。『PAPERSKY』で目指しているのは、その場所を新しい切り口で紹介すること。遠くに行くことだけが旅じゃないし、日常のなかにも旅はあると思うんです。
―ルーカスさんはプライベートでも旅に行きますか?
はい。でも、最近は仕事で行っているのか、プライベートで行っているのか分からなくなってきた(笑)。でも、それはすごく幸せなこと。みんな心のどこかで、仕事とプライベートは分けなくちゃいけないって思っているみたいだけど、僕はそうじゃないと思うから。日本の文化を振り返ってみても、自分の商店の上に住んだり、商店街で神輿を出したり、銭湯が町の社交場になっていたり、仕事とプライベートを別け隔てなく生活していたと思うんです。仕事と旅だったり、仕事と遊びだったり、境界線をつくらずに、どちらも楽しんで一緒にやっていくのが目標。
雑誌もイベントも同じ。
伝えたいのは“新しい発見”を楽しむ心。
―雑誌でメッセージを伝えていたルーカスさんが、屋外イベントを企画しはじめたのはなぜですか?
きっかけは子育てをテーマにした雑誌『mammoth』で音楽特集をしたこと。音楽特集をしたのに、雑誌からは音を出すことができない!と(笑)。じゃあ、どうしたらいいだろう?とメンバーと考えて、野外フェスティバルの企画が動きはじめました。形になるまでは2年近い時間がかかりました。親子で参加できる野外フェスティバルというコンセプトでスタートして、今年で6年目。「mammoth pow-wow」を通じて、雑誌を読んでくれている人の顔が見えたり、声が聞こえたり、編集部の僕らにとってもいい刺激になっています。
富士山麓にあるキャンプ場・PICA富士西湖で開催される野外フェスティバル「mammoth pow-wow」。ライブだけでなく、子ども向けのユニークなワークショップも開催される
―2年前には、自転車で日本の地方を巡る「ツール・ド・ニッポン」をスタートさせましたね。
「ツール・ド・ニッポン」のテーマは、自転車の旅を通して日本を再発見すること。年に4回開催で、次でもう5回目。実は今日、この取材の後に夜から「ツール・ド・ニッポン」のために琵琶湖へ行くんです。どんな旅になるか楽しみ。僕は大学で自転車部だったんですが、東京は車が多いし、走るならやっぱり気持ちがいいところがいい。それで、日本の地方には自然が豊かなところがたくさんあるから、そこを走るイベントを企画しました。でも、ただ自転車で走るだけではつまらない。コンセプトは、その土地の歴史や文化に触れながら走ることです。前回、静岡で開催した「ツール・ド・ニッポン」では、スタート地点で地元名物の「酒まんじゅう」を食べたり、どこまでも広がる茶畑のなかを走ったり、世界最長の木造歩道橋「蓬莱橋」を渡ったり、イベントが盛りだくさんでした。参加者は20代から70代まで幅広いし、男女も同じくらい。みんな初対面だけど、外で体を動かすとすぐに打ち解けられる。気持ちが開放的になったり、自然と元気が出たり、それが“おそとの力”なんだなと思います。
「ツール・ド・ニッポン」の最初の開催地は伊豆大島。島根、鳥取、京都、静岡、滋賀など各地で開催。泊まりがけのイベントで交流の輪も広がる
―ルーカスさんが“おそと”と聞いて、思い浮かぶのはどこですか?
そうですね……今は家の庭にいるから、ここかな?引っ越してきたときは雑然としていたんですが、自分たちで少しずつ手入れをしました。八重桜もあるし、柿の木もある。季節ごとに表情が変わってきれいですよ。それに、庭でインタビューをするなんてあまりないでしょ?(笑)。でも、やってみると楽しい。雑誌もイベントも同じで、僕が伝えたいのはそういうこと。新しいことにトライしたり、いつもやっていることの角度を少し変えてみたり、会いたい人に会いに行ってみたり……。そういうちょっとした変化が、日常を楽しくしてくれると思うんです。
ルーカスさんの事務所は渋谷駅から徒歩5分。広い庭がついた日本家屋で、都心とは思えない穏やかな空気が流れる
ありがとうございました。