「建物に“おそと”を取り入れることは、ごきげんで贅沢」

「建物に“おそと”を取り入れることは、ごきげんで贅沢」中谷ノボルさん

大阪を中心に活動する建築家の中谷ノボルさん。代表を務める建築設計事務所「アートアンドクラフト」は、建物や部屋を生活スタイルに合わせて改装、改造、修復し、使い方自体をも変えてしまうという“リノベーション”を中心におこなっています。オフィスは、ビジネス街の憩いの場である靭公園に隣接し、2010年3月にレトロビルをリノベーションして開業した「ホステル ロクヨン オオサカ」では、植物を用いる環境デザインにも力を入れたとのこと。また、水辺をこよなく愛し、大阪だけでなく海外の水辺にもよく訪れるといいます。そんな中谷さんに、建築家として考える屋外空間との関わりや、水辺の魅力をお聞きしました。

  • (文:福田アイ 写真:中谷ノボル)

大切にしているのは、通り抜ける風

リノベーションする際、建物内でおそとを感じることができる空間を提案されますか?

家の中でおそとのような使い方ができる場として、土間という空間を見直してもいいのではと思っています。例えばマンションは、玄関からすぐに家の中へ、となる。外との境界線がガチっと分かれているな、と。土間があると、自転車で入っていけたり、買ってきた野菜をゴロンと転がしておけたり、とめっちゃ便利なんです。最近は広い玄関を作るお客さんも増えていますし、長屋の改修では床へと改装した土間を再び蘇らせたら、入居者が途端に入ってきました。外と内の境界があいまいな土間という空間は、いろんな人が入ってきやすいですし、それによって会話も生まれやすい。
ほかには、屋上を活用する提案もしています。小さくて古いビルは、不動産的にはマイナスと思われている。でも実は、そんなビルほど使える屋上があるんです。例えば夕方を屋上でゆっくり過ごす、とか。それが年間5日でもいいと思うんです。できることで豊かな気持ちになれますから。自分のスペースに+αができるということは、夢が広がりますよね。

建物におそとを取り入れることで一番大切にされていることはなんですか?

公園のそばも植物のある庭も大切ですが、特に風。事務所もホステルも、風が通り抜けるようにしていて、ホステルの場合は、大阪市内ですが気候が良いときは、エアコンをかけずに自然の風を取り入れています。洗面所の窓からは庭が見えるようにしていて、ずっと開けっぱなし。1日中風が通るので、ごきげんですよ。その一方で、高級ホテルをみると、24時間空調がガンガン効いていて窓が開かない。どちらが贅沢かというと、風の通るほうでしょ?実は最近、公園のそばにお店やオフィス、それに住居を探す人が増えていると実感しています。そういう価値感が築き出されているということは、すごく成熟した社会になってきていると思います。それなのに、街には風が通らない建物が増えている。そんな今だからこそ建築家としては、建物も街もおかしい方向へ行っている、ぜひみなさん一度考えましょうよ、と言いたいですね。

「建物に“おそと”を取り入れることは、ごきげんで贅沢」中谷ノボルさん

事務所の裏は靭公園。
広い窓から見える緑は癒し効果十分です。

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「ホステル ロクヨン オオサカ」の玄関。
レトロビルの面影がそのまま残されています。

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「ホステル ロクヨン オオサカ」のドミトリー。暖簾で仕切られた和風の客室です。

気軽に船で遊べる川をめざして

お仕事やプライベートで、海外に行かれることが多いそうですが、海外ではどういったところへ行かれますか?

そうですね。これまでどこに行ってきたん?と聞かれたことがあって、考えてみると全部水辺だったということがあります。メキシコに1ヶ月間旅したときのことですが、遺跡が多い山側に誰もが行くといいますけど、1回も行かず。海辺をずーっとまわっていました。他の旅行者に指摘されるまで全く意識せずに(笑)。
水辺の旅で一番思い出深いといえるのは、インドの川を船で旅したことです。かつて米を運んでいた船を豪華なホテルのように改装していて、1艘1組が宿泊できます。小船で魚などの食材を売りに来るので、それを買ってシェフに料理してもらう。贅沢な体験でしたね。

「建物に“おそと”を取り入れることは、ごきげんで贅沢」中谷ノボルさん

船からの眺め。
この風景は船旅の醍醐味。

「建物に“おそと”を取り入れることは、ごきげんで贅沢」中谷ノボルさん

船内のようす。
とても心地よい部屋に改装されています。

「建物に“おそと”を取り入れることは、ごきげんで贅沢」中谷ノボルさん

米を運ぶ船をリノベーションしたインドのホテル。現地では新婚旅行などに使われるそう。

大阪の水辺ではどんなふうに過ごされていますか?

川沿いに住んでいますが、3年前まで小型船を持っていたので、ふっと出かけたりしていました。中古の船なら中古の軽自動車よりも安いぐらいなんですよ。乗ってみたら、大阪の街の見方が変わりましたね。普段何気なく渡っていた橋の欄干が川から見るようにデザインされている。これはええわ、こんなかっこええもんないわ、って。他にも気づくことが多くて、自慢したくなりましたね。事情があって売りましたが、近いうちにまた船は買うつもりです。

「建物に“おそと”を取り入れることは、ごきげんで贅沢」中谷ノボルさん

こんな素敵な船で過ごしてみたい!
と思わずにいられません。

「建物に“おそと”を取り入れることは、ごきげんで贅沢」中谷ノボルさん

船からなら、橋の裏を見ることも。
なかなか見ることができない景色です。

これからの大阪の水辺の可能性は?

海外の水辺を観てきて、あるときから思いはじめたのが、大阪市内には川がある。それなのに全然使ってへんやん、と。例えば、シカゴは、大阪市と人口規模も川が流れているところも似ていますが、夕方になると多くの人が川辺で過ごしているし、船も多い。すごくうまいこと使っているな、大阪の川でも普段からこういうのを取り入れるべきやと思っていました。タイでは、地下鉄もモノレールもありますが、通勤ボートもまだ使われていて、ハイヒールを履いたねえちゃんが、キャー乗られへーん、と叫んで乗ってるほどです。それら3つの路線を記した路線図もあって、それはすごい、ええな。通勤に川を使うぐらい、大阪ももうちょっと大らかにいこうよ、と思いましたね。

「建物に“おそと”を取り入れることは、ごきげんで贅沢」中谷ノボルさん

タイの通勤ボート。
日常に船が溶け込んでいます。

「建物に“おそと”を取り入れることは、ごきげんで贅沢」中谷ノボルさん

川から見た大阪の夕景。この風景を楽しまないなんてもったいない。

船のことでいうと、産業用として衰退した後の大阪の川の使い道といえば、遊びしかない!と思っています。でも、停泊するのに申請が必要など使いにくいことが多いので、もっと気楽に使えるようにしてもらいたいですね。それができてこそ、本当の水都と言えるのではないでしょうか。僕は僕で、船で遊ぶことを特別ではなく普通なこととして広めていくためにも、身近な人から水辺の良さを伝え、仲間を増やしていきます。それが結局一番の近道かなと思いますから。

ありがとうございました。

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シカゴの街を流れる川で、手漕ぎボートを楽しむ人たち。

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シカゴのボートのガレージ付アパート。地下駐車場ならぬ、水上駐船場。

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中谷ノボル (Noboru Nakatani)

建築家。1964年大阪生まれ。マンションデべロッパー、住宅メーカーに勤務後、1994年に、建築設計事務所「アートアンドクラフト」を設立。「自分らしい住まいやありきたりでない仕事場」を供給すべく、不動産・設計・施工・コンサルティングをおこなっている。2010年3月には、大阪市西区新町に、3900円から宿泊可能な「ホステル ロクヨン オオサカ」をオープン。これまでの仕事とこれまでの暮らし方を紹介する書籍に『アートアンドクラフトの本 スマイ主義』(きんとうん出版)がある。