そのとき、その場所だけの色を求めて

草が青み、花が咲き誇り、山が笑う春は、いろいろな色が溢れ出します。この季節に、おそとの色について、これまで以上に知って、見て、楽しんでみませんか?そこで今回は、おそとの色をテーマに活動されている方や研究されている方に、それぞれが触れられている色のこと、その色の魅力や楽しみ方、さらには色の不思議についてお話を伺いました。奥深い色の世界を知ると、目に映る色が増え、彩り豊かな毎日を過ごすことができて、気持ちも豊かになっていくはずです。さあ、新たな世界へ足を踏み出しましょう!
(文/井口啓子 編集/福田アイ)


そのとき、その場所だけの色を求めて

 慌ただしい日々のなかで、ふと空を見上げたとき、言葉では言い表せないような青空や、微妙なグラデーションの夕焼け空が目に入り、思わず心を持っていかれたという経験は、誰しもあるのではないでしょうか。おそとに出て、まわりを見渡すと、そこには様々な色が溢れています。一本の木の葉っぱも、ようく見れば同じ色はなく、季節や天候や時間帯によって、次々と変化していきます。

 そんな、その場所にしかない「色」を求めて、日本はもちろん、海外にまで足を運んでいるのが、デザイナーの藤原大(ふじわら・だい)さん。2007年より「カラーハンティング」という言葉で、身近にある自然や生物の「色」を観察・把握し、色見本化していく試みをライフワークにされています。2013年にはディレクターを務めた企画展『カラーハンティング展 色からはじめるデザイン』を東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTで開催。震災以降の365日間の空の色をインスタレーションとして展示した『スカイダイアリー』をはじめ、カラーハンティングの活動から生まれた19のユニークなプロジェクトは、新たな発想によるデザインワークへのアプローチとして、様々な分野から大きな注目を集めました。

 藤原さんの提唱する「カラーハンティング」とは、そこにある色を採取すること。具体的な作業としては、様々な土地に出掛け、空や海や山や植物や生物など、目の前にある現実の色を見ながら、水彩絵の具を調色してカラーチップという小さな細長い紙片に色を塗っていきます。

「例えば、旅先ではペットボトルの水とパレットを使っています。沖縄の宮古島にある海でおこなったときは、太陽光が強く、色が変わるのがよくわかった経験があります。光が変わるごとに絵の具の色を調整して、どんどんカラーハンティングしましたね。自由の女神の近くを流れるハドソン川でもカラーハンティングをしましたが、そのときは曇りで。雲が動くと空の色も川の色も目まぐるしく変わっていくので、ハドソン川の色といっても、1日だけでも膨大な数の色がありました。

 もしクライアントからハドソン川の近くで環境にやさしいビルを建てるリクエストがあれば、その川の色を調査して、定量化した色を使うという風景になじむデザインもおこなえます。その色を写真とかパソコンのデータで見るのと、現場で自分の目で見るのとでは、やっぱり色が全然違う。わかりやすいデジタルな色も大事だけど、実際の印象って、揺るぎないものがありますね」

 藤原さんがカラーハンティングの活動をはじめたのは、デザイナーになってからのことですが、大学生のころから、自然の色を見比べながら作品を作っていたと言います。

「パンと雲の色って似てるなぁと思い、パンの白いところをちぎって雲と白さを見比べてみたり、海のなかに潜って、赤と青の旗を立て、白黒の写真を撮ってみたり、地上だと赤の方が目立つけど、青い海のなかだとどういうふうに見えるのかと実験してみたり。もっと遡ると、小さいころからいろんな色を使って絵を描くことが好きだったので、振り返ると色自体に興味があったのかなと思います」

 そんな藤原さんを動かしたのは、自身が目にする色と仕事で使用できる色とのギャップ。というのも、ファッション・印刷・塗料・住宅など、色を取り扱うデザインの現場では通常、既成の色見本帳を元に色を選択・決定していきますが、人の目で認識できるすべての色が含まれているわけではないからです。

「一説には、人がモノに抱く印象のうち、90%以上の情報は視覚情報、つまり色が大きく影響を与えていると言われています。そういう意味において、色はデザインする上でイメージを決定づける重要な要素なんです。ところが、色見本帳には、微妙な中間色は思っているほどなくて、自分の思うようなデザインをする上で困ることが結構多いんですね。それじゃあ自分で作った方がいいなと考えるようになって。

 ほかに、街で見る色が同じような色ばかりで、広がりがないようなことを感じた時期があったんです。服や車やビルとか、例えば青が流行るとみんな似た青にするけれど、同系色でも、もっと微妙な中間色があってもいいのにと思っていた時期があって、そういうのがカラーハンティングをはじめるきっかけになりましたね。

 自然の色って、意識して見ないとほとんど違いがわからないんですけど、中間色がすごく豊富なんです。その微妙な美しさを価値として認識できるように、日本には古来から山吹色とか茜色とか露草色とか、中間色を言い表す言葉が豊富にあるんですよね。カラーハンティングは、そんな自然の色を直接現場に行って採って来ようという考え方です。オフィスにいるだけでは想像できない色に出会えるし、私にとっては単純に楽しいことなんです」

 今や世界中の様々な風景やモノを、家から一歩も出ずに、テレビやネットの鮮明な画像で簡単に見ることができる時代だからこそ、自分の足でその場所に立ち、自分の目で見ることには、想像を上まわる感動や発見があります。そして、そんなプロセスを通して見つけた色は、そのとき、その場所にしかない「自分だけの色」になるのです。

「ちょっと前に香港に行ったとき、街のなかで結婚式をやっていて。みんなが二人をお祝いしていたんです。私は、その横で空の色を採っていたんですけど(笑)、そのときの空の色というのは二度と見ることができない青なので、まさに二人の記念の色ですよね。このようなコンセプトで作品を作り続けています。カラーチップで色だけ見ると、関係ない人には単に『綺麗な空色だな』というくらいのものですけど、<二人の結婚式の日の空色>って名前を付けることで、特別な価値が生まれる。価値ってそういうもので、モノではなく意味なんですね。

 震災で残ったという気仙沼の奇跡の一本松の色も採りました。松というモノが大事というより、モノの裏にある意味が大事なわけです」

 ちなみに、これまでに藤原さんがカラーハンティングの対象としてきたものは、世界中の花鳥風月はもとより、「赤ちゃんの肌」なんてものも!

「“顔色を伺う”って言葉があるけど、本当に生まれたばっかりの赤ちゃんって、喋られないから怒っているのを肌の色で表したりとか、意識が肌の色に表れやすいんですよ。赤ちゃんのほっぺの柔らかさや色は、正真正銘、二度とは返ってこない、そのときだけの色ですよね」

 なるほどカラーハンティングとは、単に「自分だけの色」を見つけるだけでなく、そこに「自分だけの価値」を重ねてゆく行為でもあるようです。

「絵の具で自然の色を採るという行為は、以前は誰にでもできると思っていたし簡単そうなんですが、実際やってみると現実的には難しいこともあるかもしれません。でも、絵の具を使わなくても、日常のなかで楽しめることです。例えば、秋になって温度が下がってくると山の色が変わってくるとか、夏になると日射しが高く強くなって影が濃くなってくるとか、みなさん情報として知っていることでも、後で実際に外に出て自分の目で眺めてみるといいですよ。意識して見る色と風景として眺めている色とが重なってくると日常のイメージが変わります。

 自然の色を楽しむことは、みなさん普段から多かれ少なかれされている行為です。紅葉で期待している色よりも強く出ている色を見て無意識に見流してしまえることは、気持ちよさだけを求める場合には良いと思ったりします。でも色だけでなく風の音や、山の香りを重ねて色を言葉で表現したり、誰かと話をして確認したりすることで、その印象をより深く心に留められると思うんです。

 そして自然だけでなく、建物や車やアスファルトとかの人工物も、季節によって色が変わるんですよ。外の色は大気中の細かい霧のような水分が光を拡散したり反射させたりして大きく変わるので、湿度や温度によって微妙に違って見えるんです。

 桜や紅葉を、そのときだけの色だと思って楽しむのと同じで、すべての色は、そのときにしかないものとも言えます。色を追いかけて外に出るということを、もっと意識的にしてみるとおそとでの楽しみが広がると思いますよ」

 色は正直でやさしい――と、藤原さんは言います。色は何も言わず、黙って寄り添ってくれます。同じ色を見ても、そこにどんな意味を見出すかは人それぞれ。例えば、私たちは、気持ちに余裕がないときはどんなに美しい色であっても、心が動かないことも少なくありません。だからこそ、おそとの色の微妙なニュアンスに気付き、様々な価値や意味を見つけてゆくことは、そこに映し出される、私たち自身の心に目を向けることなのかもしれません。

そのとき、その場所だけの色を求めて

藤原大さん

神奈川県出身。1992年に北京の中央美術学院国画系山水学科に留学。1994年に多摩美術大学美術学部デザイン科を卒業後、三宅デザイン事務所に入社。2006年から2011年までISSEY MIYAKEクリエイティブ・ディレクターとして活躍する。2008年に株式会社DAIFUJIWARAを設立。現在、MUJI to GOディレクター、多摩美術大学教授、東京大学生産技術研究所研究員などを務めるほか、地域貢献デザイン活動にも関わる。作品は、毎日デザイン大賞、グッドデザイン大賞などを受賞、ニューヨーク近代美術館(MoMA)永久コレクションにも認定されている。「カラーハンティング」という言葉を2007年ごろから用いて活動を開始。2013年には、ディレクターを務めた企画展『カラーハンティング展 色からはじめるデザイン』を東京ミッドタウン・ガーデン内にあるデザイン展示施設「21_21 DESIGN SIGHT」で開催。同名で書籍も発売されている。


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