生物学者・池田清彦さんのお話

なんだかよく分からないけれど、気分がよくない。疲れている。不安だ。それはあなたが、がんばり過ぎて、知らないうちにどこかで無理をしているからかもしれません。そこで、がんばらなくても健やかに毎日を過ごせる方法や考え方を探しました。すると、おそとが、とても大きな役割を果たすことを発見!おそとへぶらりと出かけて気軽にはじめられることや健康観が変わるかもしれないお話などを、知って、試せば、体も心もスッキリするはず。さあ、健やかに、いきましょう!
(取材・文/森田香子 撮影(人物)/出原和人 編集/福田アイ)


生物学者・池田清彦さんのお話

フジテレビ系バラエティ番組『ホンマでっか!?TV』で評論家としても活躍する池田清彦さんに、自然のなかで暮らす生き物たちと比較しつつ、現代人の「がんばり」や「健康」、さらには、今を生きる上での大切な術も語っていただきました。このお話をきっかけに、“生物的な健やかな生き方”について改めて考えたり、実践してみたりしてはいかがですか?

太古の昔、人間はがんばっていなかった!?

 今の人は何かにつけてがんばったりするけど、昔の人間は、たいしてがんばらなかったと思うんだよね。狩猟採集民だったころの人間なんて、食べ物を獲ってくれば、あとは寝てたかゴロゴロしてたはず。冷蔵庫なんてないから、基本的に食料の保存ができないでしょ。その日に獲ったものを、その日に食べたらいいわけで、次の日やその次の日の分まで獲る必要がなかったわけだ。たくさん獲物を獲っても腐らせるだけだし。獲り過ぎて獲物がいなくなれば自分たちが困る。サステイナブル(持続可能な状態)という視点から言っても、その日暮らしが理にかなっていた。そういう生活だから、狩猟採集民の一日の労働時間は、おそらく3時間程度だったんじゃないかな。食べ物が獲れないと飢えるから悲惨だけど、30分で獲れたら、その日はもうそれ以降、遊んでいられる。非常にフレキシビリティ(柔軟性)が高いというか、いい加減な生活だったんだよね。

 そういう生活をやめて、農耕をはじめるようになってから、人間はがんばりはじめたんだと思う。狩猟採集民でいられなくなった理由は、たぶん人口が増えたことが一番大きな原因だろうね。人口が増えると、どうしても食べ物が足りなくなるから、狩猟採集では間に合わなくなる。それで人間は農耕を発明したのかもしれない。農耕は畑を耕して広げて、働けば働くほど、がんばればがんばるほど、穀物の収穫高が増えるから、その分、飢えの恐怖から解放されるでしょ。結果、「働かざる者、食うべからず」ということで、働く方が良いという文化や価値観が生まれたわけだ。

がんばると、しっぺ返しがくる!?

 人間以外の動物は、ずっと狩猟採集的な生き方だよね。ライオンなんて狩猟しているけど、ああ見えて実は狩りがすごく下手なんだよ。成功率は、せいぜい20%くらいじゃないかな。なぜかというと、あんまり上手に狩りができると、餌が豊富にある分、子どもがたくさん生まれて、さらに餌が必要になって、最後には餌を食べ尽くしてしまうから。餌がなくなって困るのはライオン自身だから、結局、狩りが下手なライオンのほうが、サステイナブルで長く生きられたんだろうね。草食動物の鹿にしても捕食者がいないと、どんどん増えるんだけど、増えた結果、餌を食べ尽くして餓死するものが続出した例があるんだよ。

 だから生物って、がんばって狩りをしたり子どもを増やしたりすると、しっぺ返しがくるわけだ。一人勝ちすることができないんだよね。それは人間にも言えることじゃないかな。現在は冷凍技術が発達しているから、魚なんかもたくさん獲って、獲れた分だけ儲かる仕組みでしょ。世界規模でそれをやっているわけだから、水産資源の枯渇問題は深刻だよ。今は目先の利益ばかりで、1年、2年単位で儲かるかどうかを考えているけど、100年単位で考えれば、いずれ水産資源がなくなって、立ち行かなくなるだろうね。そう考えると、人間も少し怠けてウダウダしているほうが、いいわけだ。

人間は、生物としてタガが外れている!?

 健康ってことで言えば、人間の寿命は野生動物の基準からすると40年そこそこ。40歳過ぎた人は、本来ならいつ死んでもおかしくないような年齢を生きているわけ。だから、体の具合なんて悪いに決まってる(笑)。哺乳類の寿命は、体の大きさと比例していて、例えば陸上にいる哺乳類で一番長生きするゾウは、人間と同じくらい生きる。海の生物で言えば、シロナガスクジラは120年くらい生きる。人間はサイズから考えると、40年が限度だろうから、今みたいに100歳近くまで生きるなんて、生物としてタガが外れているよね。高齢になると介護を受けたり寝たきりになったりで、元気な人ばかりじゃないという現実もある。動物は、死ぬギリギリまで元気だ。特に野生動物は、倒れたらおしまい。キリンやシマウマは、足を折っただけで寿命が尽きる。足を折った野生動物は、足が治る前に捕食者に食べられてしまうからね。足を折っても死なないのは、人間だけだよ。僕も2度ほど足を折ったから、本来ならとっくに死んでいてもおかしくないんだけど(笑)。まぁ、何にしても人間以外の生物は潔いよ。人間は潔くないから、いつまでも長生きしたいと思ってしまう。人間は死ぬのが怖いからしょうがないし、だからこそ危険を避けられてきた面もあるんだろうけどね。

怠けているほうが合っている人もいる!?

 現代人のがんばりの多くは昔みたいな自然相手のものではなくなっている。昔の人は働くって自分で食べ物を獲ることだったけど、今はお金を得ることと同義でしょ。それに日本では農家や漁師が少なくなって、ほとんどが製造業とサービス業になった。そういう意味では、職種のバラエティが少なくなったと言える。仕事の選択肢は増えても、コミュニケーション能力を求められるような職業ばかりで、そうじゃない職業は本当に少なくなった。昔は、職人の仕事がたくさんあって、あまり人と話すのが得意じゃない人でも、生きる道が結構あった。職人はコツコツと物を作れれば、無愛想でも構わないからね。でも今はそういう商売が成り立たなくなってしまったから、しゃべるのが苦手な人には、生き辛い世界になった。たぶん、そういう人が無理して合わない仕事をするから、うつ病とかが増えてきたんじゃないのかな。

 結局、現代人は「がんばって働く」とか「健康でいるほうが良い」という価値観に囚われているんだよね。少しでもそうでなかったら、「自分はどこか異常なのかも?」なんて思って、余計に体が悪くなったりする。本来、人なんてそれぞれだし、なかには怠けているほうが合っている人もいるんだから、みんながみんな一緒じゃないんだよ。いろんなタイプがいて、いろんな生き方があるわけだ。僕のゼミの学生にも、就職しないで離島で暮らしたいって言う子もいれば、一流企業に就職が決まったのに会社訪問でどうも合わない気がするって辞退しちゃって、今、ベンチャー企業で働いている子もいる。目標を定めてがんばったって、人間どう転ぶかわからない。明日のことは明日にならなきゃわからない。そのときに大事になるのが、自分の直感じゃないのかな。自分がその仕事なり何なりに向いているのかどうかを含めて、直感しなきゃね。

健やかに生きるには、狩猟採集民を見習う!?

 そういう直感は、意外と外遊びと関係があるんだよ。子どものころに外遊びした人と、家のなかだけで遊んでいた人とでは、能力が違う。人間、外で遊ばないとダメだよ。なぜかというと、外では予測不能なことが起こるから。その場で考えて、解決策を自分で捻り出さないといけないし、答えが最初からあるわけでもない。僕の好きな虫捕りにしても、どこへ行けば何が捕れるかなんて、行ってみないとわからないし、捕れるかどうかもわからない。それに山だとガケから落ちて死ぬかもしれないリスクもあって、それをどう回避しながら虫を追うかってことを考えるから、危機回避の能力も身につくし、言葉にできない、雰囲気を感じ取る力も備わる。僕なんかも虫捕りしていると、時々、「この風景は過去に見たことがある。あのときはこういう場所にあの虫がいたから、ここにも絶対いる!」って直感することがあるわけ。そういう感覚は、座って勉強していても身につかないよ。その感覚って狩猟採集民が持っていたものと同じだよね。獲物や木の実を探すときに、一番大事な感覚なわけでしょ。今だって社会に出ると答えのない問題が多いけど、そのときにどうするかって判断は、こういう感覚が役立つんじゃないかな。狩猟採集民まで行くのは無理でも、彼らが本来持っていた場あたり的な問題解決能力や勘を磨くのに外遊びは役に立つと思う。


池田清彦さん

1947年東京都生まれ。東京都立大学大学院生物学博士課程修了。山梨大学教育人間科学部教授を経て、2004年より早稲田大学国際教養学部教授。生物の構造や進化を遺伝子の違いからではなく、遺伝子の組み合わせによって捉える構造主義生物学を提唱し、注目を集めている。主な著書は『がんばらない生き方』(中経出版)、『ナマケモノには意義がある』(角川書店)など多数。フジテレビ系『ホンマでっか!?TV』の評論家としても活躍中で、歯に衣着せぬコメントが人気。趣味は昆虫採集。カミキリムシの世界的な採集家でもあり、虫仲間の養老孟司氏とは共著『虫捕る子だけが生き残る~「脳化社会」の子どもたちに未来はあるのか~』(小学館)もある。ニフティメールマガジン『新おとなの学び場』にて「池田清彦のやせ我慢日記」を連載中。

オフィシャルブログ

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