受け継がれているものを、まず知ることから。

私たちの生活や文化、考え方の根っこの部分を形づくるものは、気候や地質などおそとの様々な要素、つまり「風土」です。そんな風土に根ざした、古くから受け継がれているものはたくさんあります。では、それらが、なぜ長く受け継がれているかを考えたことはありますか?ここへ気持ちを向けることは、今の不安定な日本において大事なことであり、生きる上で何かしらのヒントを得られるかもしれません。そこで、この特集では、OSOTOが興味を抱く、受け継がれているものと、その保存や継承、さらには研究に力を入れている方のお話を紹介します。まずは知ることから。そして、OSOTOと一緒に考え、おそとへ足を運び、少しだけでも受け継ぐことに関わってみませんか?
(撮影〔ひょうごの在来種保存会のみ〕/大井映理子 取材・文・編集/福田アイ)


タネを知って、“食”を受け継ぐ。

 私たちの生活に欠かせないものといえば、食。命を引き継ぐ上でも欠かせないものです。その最も根幹にあるタネ、とりわけ野菜のタネに、今注目が集まっていることをご存知ですか?OSOTO編集部がそのことを知ったのは、今春の特集で紹介した「森の集い」でタネを交換する会がおこなわれていると聴いてから。最近では、カフェや料理店などでタネに関するイベントが増えていることにも関心を向け、タネの現状について知りたいという思いがますます高まっていました。

 それにしても、なぜタネなのでしょう。調べていくと、タネには、子孫代々と受け継がれる「固定種(こていしゅ)」(「在来種(ざいらいしゅ)」とも言います)(※1)と、交配から生みだされた一代限りとされる「F1種(エフワンしゅ)」(※2)の2タイプがあることを知りました。どちらにもメリットとデメリットはありますが、1950年代より世界各地で販売されるようになったF1種は、流通や大量消費に適していることから日本をも席巻。その反動で、日本の固定種(在来種)は、姿を消すものが続出したとのこと。言うなれば、絶滅危惧種!? そして今、この事態を危惧する人たちや固定種(在来種)に新たな価値を見出だそうとする人が増え、継承や保存といった動きが活発になっているのです。では、なぜ今活発になっているのでしょう?また、受け継ぐとは、どういうことなのでしょうか?
 まず、その動きを牽引し、日本各地で上映会を続けるドキュメンタリー映画『よみがえりのレシピ』を紹介しましょう。

(※1)固定種(在来種)
風土や栽培方法などにより適応や変化を繰り返し、また、何世代にも渡り、絶えず選抜・淘汰されてきたことで、形質が固定化され、その地にしっかり根付いた品種のこと。そのため、その地域ならではの特徴が現れ、独自の食文化を支えることも可能。大きさや形、生育が均一ではないものの、少しずつ長い間かけて収穫できるため小規模菜園向きとされます。自分で栽培したものからタネを採る自家採種ができることや、野菜本来の味がするのが特徴。
(※2)F1種
異なる系統の両親を掛け合わせて作られた、雑種の一代目。現在のタネの世界では主流であり、流通している野菜のほとんどに使用されています。生育が早く、収穫量が多く、形も揃い、安定した生長・収穫を保つことができるので栽培計画が立てやすく、大量生産、大量輸送、周年供給を可能にしています。ただし、二代目を育てると、形質などにバラつきがみられるので、タネを種苗メーカーから毎年購入する必要があります。

(参考文献:『いのちの種を未来に』野口勲著 創森社)

※以下、タイプの表記がない「タネ」は、固定種(在来種)のタネのことです。

山形の在来作物とタネを守り継ぐ人々を誠実に記録した
ドキュメンタリー映画『よみがえりのレシピ』

よみがえりのレシピ

 だだちゃ豆、もってのほか(食用菊のこと)、雪菜(ゆきな)、甚五右ヱ門芋(じんごえもんいも)、宝谷(ほうや)カブ、藤沢カブ、田川カブ…。これらの野菜は山形県に古くから伝わる「在来作物」です。世代を超えてタネや苗が受け継がれている伝統的な作物を「在来作物」と呼ぶのは、山形県が発祥とのこと。現在確認されているその数は、160品目以上。全国的に見ると飛び抜けて多いものの、今後は、後継者不足などが原因で、10年も経ずして多くが消失する可能性があります。

 そんな危機的状況の今、在来作物にスポットライトを当てるイタリア料理店「アル・ケッチァーノ」の奥田政行シェフや大学助教授が現れ、タネを守り継ぐ農家の方たちと力を合わせて、「地域の文化財」としての価値を定める動きが出てきました。この志の高い活動と多くの蘇った在来作物を紹介する映画が、『よみがえりのレシピ』です。さらに、その恩恵によってより良く変化していった地域と人々の微笑ましい姿も追っています。画面を通して、自分の住む土地で受け継がれてきた野菜を誇らしげに味わい、語る様子を観れば心打たれる人は多いことでしょう。

よみがえりのレシピ

(写真は、映画『よみがえりのレシピ』より)

 この作品への関心は、上映開始から1年以上が経つ今でも高まるばかり。今後も、劇場公開や自主上映会が日本各地で開かれる予定です。2014年4月には、監督の渡辺智史さんによる新作、山形県の子どもたちが食文化を学ぶ姿を描いた短編ドキュメンタリー『在来作物で味覚のレッスン!』も完成予定。これらの作品を観ると、「食」とは、ただ単におなかを満たすためだけのものではなく、栄養を補給するだけのものでもなく、自分の暮らす地域に受け継がれるべき財産であると、確信できるはずです。だからこそ、そのはじまりであるタネに目を向ける人が増えたと言えるのでしょう。

●映画『よみがえりのレシピ』公式サイト
http://y-recipe.net

●上映&イベント情報(詳細は、公式サイトをご覧ください)
・10月25日(金)まで、長野県の映画館「ロキシー」で公開
・10月19日(土)開催の「北加賀屋みんなのうえん祭2013」で、
 上映会+監督とコミュニティデザイナー・山崎亮さんのトークセッションを実施
・10月26日(土)に『映画「よみがえりのレシピ」presents渡辺監督が案内する秋の在来作物 農家ツアー』を実施
・10月26日(土)〜、群馬県の映画館「シネマテークたかさき」で公開
・11月23日(土)〜29日(金)、山形県の映画館「フォーラム山形」で開催の『食とくらしの映画祭』のプログラムのひとつとして公開

 さて、山形県の在来作物がもたらすものの大きさを知れば知るほど、固定種(在来種)のことをもっと知りたくなります。さらに自分では作物を生産しない場合、どのように受け継げばよいの?という疑問が生まれます。そこで、次は、映画『よみがえりのレシピ』の監督と対談されたこともあり、兵庫県に受け継がれる在来種の保存に長い間尽力されている「ひょうごの在来種保存会」創設者の山根成人さんに、いろいろお話を伺いました。

「ひょうごの在来種保存会」発足から10年。
創設者の山根成人さんに聞きました。

なぜタネに興味を持たれたのでしょうか?

私の農とのかかわりは30年ほど前に、有機農業の世界で勉強をさせてもらうことからはじまったんです。タネはそのころすでに、F1種(交配種)がほとんどの農家で使われていました。それは自立的に循環するという理念からみると、どうしてもタネのところで切れているのです。循環ができないのは、おかしいと思い、タネの世界を学びはじめました。私は、自分で採ったタネで、永続的に農業をやっていくことが、農の原点じゃないかなと思っています。

保存会はどのような目的で活動されていますか?

在来種を採り続けてきた「種とり人(びと)」に照準を合わせ、交流を通して、少しでも元気になってもらうことです。「これが先祖代々からのタネや」「自分の代で絶やすことはできない」と、営々と採り続けているジイチャン、バアチャンがいるんです。ひとりって、さみしいやないですか。大事なことをしてくれているんだし、我々も仲間に入れてもらって、近況を尋ねたり、栽培、収穫、保存、食べ方、タネの保存法などを教えてもらったりしています。また、ほかの人からそのタネを譲ってほしいと要望があれば、紹介したりもしています。

なぜ在来種は大事なのでしょうか?

いろいろありますが、先ず品種の多様性を維持するところですね。人間も地球の生態系の一員としてしか存続しないと学んだことがあります。生命の生態系というのは、多様な生命があってこそ存在するものだと思っています。この地球で人間だけでは生きていけないでしょ?ひとつの種(しゅ)では生きられないということが原点にあるわけです。すべてにビジネスが先行し、単一化されることで経済性が重視されるなか、タネの世界では、単一化することは自殺行為とも言えることです。多様な在来種は、人類の財産でないでしょうか?
例えば畑でネギの採種をするとき、形のよいものだけを採り続けていると、繁殖力が弱まってしまうことさえあります。自然の仕組みを知る上でも格好の教科書になるでしょう。

今、活動をする上で大事にされていることは?

兵庫県で70品目ほどの在来作物を探し出しました。この先、100品目も探せないだろうから、これからは、50年先、100年先の在来種の創生が、大きな仕事と思っています。「タネは、旅する」と私はよく言いますけど、タネは人と一緒に旅をして、自分が気に入ったところで、新たな性質を形成します。だから、今作っている野菜に特徴があり、魅力的な性質もあると思ったら、大事に育てて、次の世代に受け継いでいく。そうしたら、そのタネは在来種となり得ると思うのです。

私たちが在来種を受け継ぐためにできることは?

食べることは、受け継ぐこと。それが、ものすごく大事。消費者はもちろん、おいしさを伝える料理人も必要。とにかく、応援隊がいないとあかん。どんな切り口でもいいけど、在来作物を生産する農家が多少でも元気になることが大事です。

加西市にある一軒の農家が50年以上3世代に渡り栽培している強い辛味が特徴のニンニク。名前がなかったので、山根さんも加わり「ハリマ王ニンニク」と命名。ちなみにニンニクは、一片が種球となります。

こちらは山根さんの畑。左の畝に育つ青い茎は里芋、奥の赤い茎はえび芋。右の畝には秋に植え付けた岩津ネギ。他にも、姫路ショウガ、ゴボウなどの在来作物を栽培されています。


山根成人(やまね・しげひと)さん

1942年生まれ。兵庫県姫路市在住。1985年より自家採種を開始。2003年に「ひょうごの在来種保存会」を発足、代表に。2013年夏には代表を退く。活動内容は、You Tube内「ジーオ インターネット放送局」で視聴可能。

「ひょうごの在来種保存会」公式ブログ

» http://blog.goo.ne.jp/sakura148


「食べることは、受け継ぐこと」。日常的な営みによって、タネを受け継ぐ農家を応援できることを山根さんから教えていただきました。とはいえ、食べるにしても、ほかのかたちで応援するにしても、情報をさらに知りたくなるものです。その際に、頭に浮かんだのが、情報を発信することで固定種(在来種)を応援しているグループ「たねのうた」の方たちのことです。

タネを通して自然に寄り添う暮らしを提案。
魅力を伝えて、分かち合うグループ「たねのうた」

「たねのうた」は、持続可能な環境や暮らしを作るための考え方“パーマカルチャー”を一緒に学んだ3名が立ち上げたグループです。その活動は、サイトでの情報発信をベースに、タネの多様性を大事にして、その魅力を多くの人と分かち合うこと。メンバーは、CO2削減の仕組みを提供する会社に勤めつつ、古来種(※)の野菜をメインに扱う八百屋「warmerwarmer」の販売サポートもおこなう池田万里子さん、現在イタリアで料理修業中の齋藤ちゆきさん。そして、タネへの探求心と知識が豊富で、自らもタネ採りに励みながら暮らす前田知里さん。

 サイトでは、タネや在来作物にまつわるイベント情報、在来作物の食日記やおいしい食べ方を追求するレポート、タネのエキスパートへのインタビュー、各地の畑を巡ったレポートなどを紹介し、あらゆる視点で、未知なるタネの世界へといざなってくれます。また、不定期に、「たねとり会」などのイベントも主催。その様子もサイトで知ることができます。「これからも、メンバー各々が見て感じたことをアップし、タネの持つ豊かさや物語を多面的に伝えていきたいです。また、(今夏開催の)『万福寺ニンジンのたねとり会』に参加した方々と、タネ蒔き後の情報交換も続けて、収穫・次のタネ採りまでつなげていきたいです」とは池田さん。

 気負うことなく、想いのままに、できることからはじめてみることの大切さも伝わってくる「たねのうた」の活動。私たちの食を支えてきたタネのこと、さらには受け継ぐということを知るためには、ここをのぞくことからはじめてみてはいかがですか?

※古来種/固定種(在来種)を表現する造語。

在来作物を求めて旅した記録も。写真は、松本一本ネギが主役の料理【大根ステーキと松本一本ネギのバルサミコソース】。(「今週のたねのうた」2013年3月29日より)

野菜の個性を知ることができるイベントの紹介も。例えば、東京都吉祥寺で定期的に開かれる、見て、食べて、聞いて、触って、多角的にタネを考える会「種市」の情報なども。(「イベント情報」より)

●「たねのうた」公式サイト
http://tanenouta.com


  • 「地域行事」の“本質”を知って、人間ならではの“本能”を受け継ぐ。

いま日本では、自分の生まれた育った地域に目を向ける人が増えています。ルーツとなる場には、いったいどんなものがあるのだろう?どんなものが受け継がれているのだろう?大人になった目と心で誇れるものを探し、あるいは新たに生み出すことで、何かしら良い方向へと向かっているようです。そんななかで、地域に受け継がれてきたことのひとつとしてあげられるのが、行事です。地域を舞台におこなわれている行事は、全国的に名高いものから、ひそやかに続けられてきたものまで、多種多様あります。

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  • 能の“変化”を知って、 “文化”を受け継ぐ。

日本の伝統芸能の原点とも言われ、ユネスコの無形文化遺産に指定されている「能」。起源は定かではないものの、平安時代に生まれた豊作を祈る民族芸能「田楽」や物まねの芸能「猿楽」などが影響し合い、変遷し、芸術性を高め、室町時代に、世阿弥によって大成されたと言われています。その後、幾度となく衰退の道を辿るものの、保護する人などの出現により、約600年もの間、受け継がれてきました。とはいえ、現在も、存続の危機に瀕しています。このことを憂慮し、普及のために独自の活動をおこなう能楽師が現れています。

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