日常生活では身近すぎて、あまり意識して考えることのない自転車ですが、実は活用すればするほど私たちの人生をより豊かで、深いものにしてくれるツールだということをご存知でしょうか?
競技用からママチャリまで、今や自転車は人々の生活スタイルに合わせて、種類が豊富です。お金もかからず、気軽に近場でも、遠方でも、自分の脚で、いろいろな場所に訪れることを可能にしてくれるものもあります。いつもの街から抜け出して、全く違う雰囲気の土地を隅から隅まで散策できるのも魅力です。では自転車で、どんな非日常を体験できるのでしょう?今回は、大阪市大正区を訪れてみました。
(文と写真:岡田由佳子)
大正区は渡船、リトル沖縄、工場地帯など、非日常を体験できる、知る人ぞ知るサイクリングスポットです。特に港湾、河川などで両岸を往復して人や荷物を運ぶ「渡船」は区内に全7箇所もあり、自転車も一緒に無料で乗船できるのです。普段乗る機会が少ない船に乗るだけでも近場ながら気分が切り替わり、「小旅行気分」を盛り上げてくれますよね。
数ある船着場のなかでも一番人気のある「千歳渡船場」では、とても大きな千歳橋と目の前に広がる大正内港、大きな貨物船を眺めることができます。ゆったりとしたひと時と水辺の風景はまさに、「非日常」。渡船に乗っているのは数分間の短い時間ですが、旅をしているような気分に浸ることができます。
船から眺める広大な千歳橋が圧巻
目の前に広がる大正内港。そこに浮かぶ船も旅行気分を駆り立てます
大正区といえば、大阪市24区のなかで沖縄県出身者の割合が最も高い地区で有名です。そのため、区内には沖縄料理店が数多くひしめき合い、街を自転車で走るとシーサーや赤茶色の瓦など、沖縄らしい雰囲気の家や店舗が立ち並んでいるのを目にします。
ちょっとお店に入れば沖縄弁が飛び交い、「リトル沖縄」を実感。鮮やかな琉球紅型(びんがた)の暖簾(のれん)を飾る店舗も多く、至るところにシーサーを発見することができるのも、サイクリング中のたのしみのひとつです。
地元の人に愛される定食屋では紅型の暖簾がかかり、沖縄弁が飛び交います
ちょっとした所にでもシーサーを発見できるのも大正区の魅力
どのお店もリーズナブルな価格で、個性豊かな沖縄料理を提供してくれるのも嬉しいところ。店舗によって、よもぎそばや山羊料理、琉球工芸品や沖縄物産品などを扱う店もあり、本当に沖縄に来たかのような体験ができます。大正区のほとんどが平坦な道なので、自転車なら1、2kmの移動も全く苦になりません。どこでどんな沖縄体験ができるのか、新しい発見をしたくて、ウロウロ、キョロキョロしてしまいます。
左がソーキそば定食900円、右がゴーヤチャンプル定食700円。本場の味が堪能できます
平尾本通商店街は、一見普通の商店街ですが、沖縄系のお店が多いことで知られています
大正区には、リトル沖縄だけでなく、他の地域にはないサイクリング心を刺激する名物スポットもたくさんあります。それが、映画『ブラック・レイン』のロケ地にもなった「中山製鋼所」をはじめとする広大な工場地帯。大正内港にある船がたくさん泊まっている桟橋「はしけ桟橋」がそのひとつ。200mもあり、ダイナミックです。しかし実際に行ってみると、わかりにくい場所にあり、地図を見ながらでも辿り着くまで不安になりました。でも、「迷ったかな?」と思ったら、来た道にすぐ戻れるのも自転車移動の良さ。この桟橋はバス停からも少し離れていて、近くに駐車場もないので、自転車だからこそ行きやすい絶景スポットです。
そして、ぐるぐると螺旋を描く新木津川大橋、通称「片めがね」は傾斜がとてもゆるやかなため、時間はかかるけれど自転車でも一番上まで登りやすい構造になっています。登りきって振り返ったときに、目の前に広がる景色の迫力は圧倒的です。
数ある大橋の景色はどこも圧巻で、夜になれば工場や大阪市のきらめく夜景がとても素晴らしく、今注目されはじめているナイトサイクリングを楽しむにも絶好の場所です。
らせん状に作られた新木津川大橋、通称「片めがね」は、思ったよりも楽に登れるものの、やはり徐々に疲れがたまる
大阪を一望できる景色は疲れがふっとぶ瞬間。頑張って登ったご褒美
大きな橋から見る景色は昼と夜でまったく違う。夜景はとても綺麗
松田優作の最初で最後のハリウッド映画『ブラック・レイン』のロケ地となった中山製鋼所は、圧巻の迫力
自転車で小旅行する醍醐味は、その土地でしか見られない景色や場所に自分の脚で行けること。歩くよりも行動範囲が広がるだけでなく、荷物も乗せることができるので、体力に自信のない人でも、いろんな場所、地域を訪れることができます。ちょっとした遠出だけでなく、通勤、通学、買い物、誰かに会いたい、あの場所へ行きたい、そんな風に一人ひとりが持つ目的を達成することができるツールでもあります。
自分の行きたいところへ自転車に乗って行き、生で見て、触れて、感じる。初めて通る道であれば移動中もちょっとした冒険になるだけでなく、「あ、こんなとこあるんだ」とその目的とは別に、小さな発見をすることもできます。小さくても、大きくても、目的が達成されその経験が積み重なるごとに、感性が磨かれていくもの。自転車は人生も人間性も豊かに、色濃くする最高のツールでもあるのです。是非活用してみてくださいね。