目まぐるしく変化する日本の社会では、「生きる力」が強く求められるようになりました。そんななかOSOTOでは、折に触れて、おそとで過ごすことが私たちにとっていかに大切かをご紹介してきました。そこで今回は「子どもの生きる力」に焦点を当て、子どもたちに向けた活動をおそとでおこなっている方々にお話を伺います。そもそも生きる力とは何なのか?また、生きる力は、おそとでいかに育まれるのか?家庭で、職場で、地域で、「人が育つ」環境づくりを担う大人のみなさんにとっても、思いもよらない考え方や価値観に目の前が明るくなるかもしれません。
(取材・文/井口啓子 編集/福田アイ)
文部科学省が指導要領で「生きる力」という言葉を掲げているように、いま教育の現場でも、かつての「つめ込み」でも「ゆとり」でもない、「生きる力」に注目が集まっています。でも、それは具体的にどのような方法で、どうすれば身につけることができるのでしょう?
それを知るヒントとなるのが、「社会福祉法人どろんこ会」(以下「どろんこ会」と略)の取り組みです。理事長の安永愛香さんは、初めて保育園をつくった1998年当時から「にんげん力を育てる」という理念を掲げ、どろんこ遊びや畑仕事など、ユニークな体験型保育を実践してきました。
批判やリスクを恐れず、自らの理念を行動に移し、小さなひとりひとりの「生きる力」を育てることで、社会を変えていこうとしている安永さん。彼女の生き方には、私たち大人が大いに学ぶものがあるはずです。
では、「どろんこ会」の子どもたちは、どんなふうに日々を過ごしているのでしょう。そこから見えてくる「生きる力」とは?百聞は一見にしかずということで、埼玉県・朝霞市にある「どろんこ会」初の認可保育園となった「朝霞どろんこ保育園」を訪ね、安永さんにお話を伺いました。
池袋駅より東武東上線で約30分の朝霞台駅、そこから車で5分程の畑と住宅が入り混じった、のどかな風景のなかに「朝霞どろんこ保育園」はあります。外での活動がはじまる朝9時、門をくぐるとまず目に飛び込んでくるのが、土の上を裸足で走り回る子どもたちの姿。ジャングルジムやすべり台といった既製の遊具は見当たらず、強いていえば、ドラえもんの空き地にあるような3本の土管が積まれているぐらい。そのかわり、小山あり、窪地ありと、ワイルドな起伏に富んだ園庭のあちこちには、様々な木が植えられ、子どもたちはそれらを自由に生かし、かくれんぼをしたり、木登りをしたり、斜面を段ボールですべり降りたり。まるで園庭そのものが秘密基地であり、遊び道具。のびのびした遊びっぷりにのっけから圧倒されます。
ひとまず園長先生へ挨拶をしていると「だれー?」「一緒に遊ぼうー」と人懐っこい子どもたちに取り囲まれ、園庭へ引っぱり出されました。「秘密のお家に連れてってあげる」と手を引かれるまま付いてゆくと、そこは木の幹や枝が重なって自然にできた空洞。何人かの男の子が、その狭いなかに潜り込んで、闘いごっこに興じています。では、女の子は…と見渡すと「スープを作ってるの」と鍋に泥水を入れ、木の枝でグルグル。ふと見れば、服まで泥だらけになった子もちらほら。親なら「洗濯物が…」とヒヤヒヤしてしまいそうですが、子どもたちは全く気にも留めず、夢中で遊びに没頭しています。
今や60以上もの保育関連施設を運営する「どろんこ会」ですが、そのはじまりは、ひとりのお母さんである安永さんの熱い思いにありました。安永さんは、かつて外資系企業で働きながら自分の子どもを保育園に預けていたとき、ずっと部屋のなかでビデオを観せられているなど、受け身でしか遊べない子どもの保育環境に疑問や危機感を抱いたことがきっかけで、保育園を自ら作ったというパワフルウーマンです。
そんな方とともに働く「朝霞どろんこ園」の保育士は、子どもと一緒になって走り回るお兄さんもいれば、チャキチャキしたお母さん風の人や、優しく見守るご高齢の方もいたり、年齢もキャラクターもバラバラ。それでいて不思議にアットホームな雰囲気なのは、保育園というよりは親戚や町内会の集まりのようだからでしょうか。
何人かの子が「ヤギさんにごはんあげるよ~」と呼びにきました。ヤギ小屋があるのは、園庭の片隅。放し飼いにしていることも多いそうで、子どもたちは特に怖がることもなく、ごく自然にヤギに触れ、草をやり、小屋の掃除をしています。園庭の横を流れる、ザリガニ釣りのできる川の向こうには、鶏舎と畑もあり、毎日の水やりや草むしりはもちろん、野菜を収穫したり、卵を集めたりするのも園児たちの仕事というから驚きです。
この日は、雨が降ってきたこともあり、途中から室内に移動。古民家風の趣きある木造園舎は、田舎のおばあちゃん家のようなほっこりムード。外遊びの延長でおにごっこをする子、ままごとをする子、絵本を読む子…。年齢毎にクラスを分けないという方針のため、3歳から6歳までの子が混じりあって、思い思いに好きな遊びをはじめます。
「お絵描きがしたい」と誰かが言うと、私も私も…と何人かが集まってきました。すると、年長生がテーブルと椅子を用意。紙やペンは所定の場所から各々が取ってきます。と、突如セロテープをめぐってケンカがはじまりました。しかし、保育士は遠まきに見ているだけで、すぐには声をかけません。癇癪を起こして泣く子も出たので、つい「やめなさい~」と仲裁したくなりましたが、ぐっとガマンしていると、やがて「じゃあ、こっちから順番にしよう」と提案する子が現れ、子どもたちは再び作業に没頭しはじめました。
遊具や高価な知育玩具などがなくても、そこにあるもので遊びを生み出し、ときには失敗したり、衝突したりすることで自然に善悪を学び、ルールや秩序を作り出してゆく「朝霞どろんこ保育園」の子どもたち。たった半日一緒に過ごしただけですが、そのイキイキとたくましい姿に「生きる力」の息吹を感じました。
「どろんこ会」が保育理念として掲げておられる「にんげん力」とは
どのようなものですか?
人が成長して行きていくなかで、うまくいかないことや思い通りにならないことって、社会に出てからはもちろん、保育園や小学校の段階でも絶対にあると思うんです。そういうときにちゃんと向き合って、どうにかしてみようと「自分で考えて行動できる力」がひとつ。そして、手間やリスクを恐れず、ケガや失敗も含めてできるだけ多くの経験をすることで自らが率先して「0を1に変える力」。このふたつを、私たちは「にんげん力」と呼んでいます。つまり、生きる力にあたりますね。
「にんげん力=生きる力」を育むために実際にどのような保育をされていますか?
普通の保育園とか幼稚園では、保育士が指示を出して、子どもたちはそれに従うという構図がありますよね。でも、うちでは「はい、お片づけしてください」「昼ごはんができたから取りに行ってください」といった指示は出しません。「昼ごはんの匂いがしてきたから、片付けよう」という行動を待ちます。私の世代は子どもが多い高度成長期ならではの一斉教育が普通でしたが、今は子どもの数も少ないし、いい大学に入って一流企業に就職して一生安泰…みたいなモデルコースも崩れてしまいました。だから、ただマニュアル通りに動けばいいという時代ではない。それよりも自分で判断して行動したり、リーダーシップを取っていく力が必要なんです。
うちの保育園は給食用のお米を自給自足していて、子どもたちを新潟の南魚沼まで田植えと稲刈りに連れていくんですが、そこでも稲刈りの場合は稲の刈り方だけ教えて、あとは一切指示を出さずに見ています。そうすると、最初は面白くて刈ることに没頭していた子どもたちは、刈った稲が積まれているだけのことに疑問を感じ出します。そのうち相談して、リーダー的存在の子が、ひとりひとりに大人顔負けの作業の指示を出し、やがて刈った稲をまとめて、大人たちが干すところまで運んで…という一連の作業をやり遂げました。
よく、今の若者は指示がないと動かないとかいいますが、やっぱりパソコンや携帯電話が発達して、子どもたちが実際に自分で考えて、行動するという思考回路が減ってきている。だからこそ、人格形成期である幼児期にそういう回路を身につけておくことは重要だと考えています。
「どろんこ会」では野外活動に重きを置いてらっしゃいますが、生きる力を育むために「おそと」はどれほどの影響力を持っていると思われますか?
経験は多ければ多いほどいいと思うんですけど、やっぱり家のなかに比べると、外でないとできない経験って圧倒的に多いんですよ。花は一度折ると、元に戻らないとか、アリは潰したら死んで二度と動かないとかは、外でないと体験できない。結局、言葉は悪いですけど失敗とか残酷な経験をしなければ、そのことはわかりませんから。うちの園はまだハイハイしかできない子も泥んこになって遊ぶんですけど、泥んこになる気持ちよさも経験してみないとわからない。もちろん、それがイヤな子もいるだろうから、「子どもは外でどろんこになって遊ぶべきだ」みたいな価値観は押し付けるものではないけど、なんでも経験する前から「危ないから、汚れるからやめなさい」って、大人が先回りして経験するチャンスを奪ってしまうことは絶対にやってはいけない。だから、単に外で遊んだ方が身体にいいとかいうだけではなく、できるだけ多くの経験を通じて生きる力を育むためには、外での活動は不可欠だと考えています。
社会福祉法人どろんこ会
1998年に埼玉県・朝霞市内で最初の認可外保育所「メリー・ポピンズ朝霞南口ルーム』を開設。駅前型保育所を次々に開設した後、2007年、初の認可保育所「朝霞どろんこ保育園」をオープンするとともに、「社会福祉法人どろんこ会」を設立。「自分で考えて行動できる力=にんげん力を育てる」という理念のもと、どろんこ・裸足保育、異年齢保育、畑仕事や動物の飼育、銭湯の日や商店街ツアーといった地域交流など、独自のカリキュラムによる体験型保育を提案・実践し、各方面で話題に。現在、認可保育所を中心に63カ所の子育て支援施設を埼玉・東京・神奈川・千葉などで運営している。
社会福祉法人どろんこ会公式サイト
» http://www.doronko.biz
どんな状況でも子どもたちがたくましく生きていけるように…。そんな願いからはじまった、親子で一緒に学べる避難生活体験プログラム「レッドベアサバイバルキャンプ」。自然のなかの不便な場所でサバイバル体験をするキャンプに、デザインや楽しい企画が盛り込まれているので、サバイバル生活初心者でも、楽しみながら「生き抜く」ための力や知恵、技を身につけることができると話題を集めています。そこで、「レッドベアサバイバルキャンプ」の活動や、主催するNPO法人プラス・アーツの理事長・永田宏和さんのお話から、「生きる力」とは何か、そして、それを身につけるためのヒントを探ってみました。