08
迷わずゆけよ、行けばわかるさ。

きっかけをくれたのは彼女だったけれど、
ハマったのは僕のほうだ。
結局人を変えることができるのは、人しかないのだろう。

僕らが「おそとハウス」に暮らし始めて
春があっという間に過ぎ、
夏も案外あっけなくいい感じで過ぎ、
快適そのものの秋もまた過ぎようとしているのは、
家の中に、日々黄色い葉っぱがくるくると
旋回しながら落ち、わさわさ積もっていくのを
見ていれば一目瞭然のことだった。

「ということは……」
落ち葉をかき集めて燃料にした焚き火の炎と
もうもうと立ち上る煙越しに、僕らは顔を見合わせる。
そう、僕らが目下の恐怖としていた
「冬」がもうすぐ現実にやってくるのだ。

「人ってどこまで寒さに耐えられるものなのかな」
彼女は、そうそう答えが出そうにない問いを
僕に豪速球で投げかけて来る。
「さあ。死ぬまでとちゃうかな」というと、
彼女は喜怒哀楽のどれでもない表情で僕をじっと見る。
どうやら、ここでの冗談は御法度のようだ。
僕はあらためて真剣に答える。
「まず、火がいるよな。今は落ち葉もあるからええけど、
薪をもっと集めといたほうがええんとちゃうかな」
「そうだね」と彼女は言いながら目は焦点が合っておらず、
ぼんやりとあちゃらの世界に行っている。
何かを考えあぐねているような気もするけれど、
ついに教えてくれることはなかった。

その週末、朝起きてテントから出てみると、彼女の姿がなかった。
買い物かな?とべつだん気にすることもなく
コーヒーを淹れる準備をしていると
朝もやの中から、誰かがこっちに走って来るのが見えた。
それはなななんと!紛うことなく、
新品のピンク色した上下ジャージに身を包んだ彼女だった。
「おはよう!フー!」
息は上がり、汗をたっぷりとかいていたが、
表情は見事に溌剌としている。
「私、今日から走ることにした。
カラダの中からすんごくあったまるよ。フー!」
健康のために走る人は多いかもしれないけれど、
寒さをしのぐために走るなんて聞いたことがない。
僕はあんぐりと口を開けたまま、
さわやかにストレッチをしている彼女をじっと見ていた。
「どうしたのよ。明日からいっしょに走らない?フー!」
「いや、僕はちょっとエンリョしとくわ」
「どうしてよ。フー!」
「……」
「流行ってるからでしょ?フー!」
僕はコクリとうなづく。
「やっぱり」
彼女は哀れむような目で僕を見る。
そう、僕は「流行に乗る」というのが昔からどうも苦手だ。
極度の自意識過剰に加えて妄想癖が旺盛なだけに
走ってると周りから「あらま、流行ってるからね」
なんて言われてるんじゃないかと思ってしまい、
とたん、恥ずかしさでいたたまれなくなる。
さっきからしきりに彼女が語尾につけている「フー!」でさえ
僕にとっては「うわっ恥ずかしっ」と言いたくなる。
もちろん口が裂けても言わないけど。
「じゃあ『私は流行ってるから走ってるんじゃありません』
って書いて胸と背中に貼っておけば?」
「アホかいな」と口では言いながら、
その実、まんざらではないかもと心の中で思っていた。

その後ひと悶着があったものの結局根負けし、
僕は次の日から、彼女と一緒に走ることになった。
「靴が何よりも大事」という彼女のにわか知識に従い、
まずはソールの分厚いランニングシューズを買い求め、
ついでにウェアも一式揃えた。
できるだけ地味な色を探したが、これが意外とみつからず、
あげく、黒と蛍光イエローの配色ものになった。

「早く走ろうと思わない。私と話ができるくらいのペースで」
「腕はメトロノームになった気分でラクに振って」
「カラダはあやつり人形になった気分で背筋を伸ばして」
彼女に言われるがまま、僕は同じようにマネをした。
そうしてしばらく走り、20分ほど経った頃だろうか、
ある瞬間から、カラダに変化が起きた。
それはあまりにも決定的で、自分でもびっくりした。
足取りがふっと軽くなり、息切れもちっともしなくなり、
いくらでも走れるような、走りたくなるような
まるでリズミカルな音楽でも聴いているかのような
ウキウキと弾んだ心持ちになってきたのだ。

走るって、めっちゃくちゃ楽しー(し、超あったまるー!)。

もう周りの目なんてどうでもよかった。
いや、むしろ見て見て!とでもいいたい気分だった。
いつのまにか半笑いになっていたのだろう、
ふと隣の彼女を見ると「ほらー」とでもいいたげな
だけどとびきりうれしそうな表情でこっちを見ていた。

キリリとした冷たい風がぴゅっと吹いたかと思うと、
葉っぱが朝の光を浴びながら、わんさと舞い落ちる。

「冬やなー。フー!」
「そうだねー。フー!」

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(PDF)

TEXT:
Mitsuharu Yamamura
ILLUSTRATION:
Ikuyo Tsukiyama
TEXT:
Mitsuharu Yamamura
PHOTO:
Shunsuke Ito