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熟しているのか、それとも。

テント越しに聴こえる葉っぱのさわさわという音が、
起きた瞬間から、昨日とは明らかに違うことに気付いた。
どことなく、今までにない「キレ」のよさがあるというか、
風の吹き方に「ヌケ」を感じるというか、
抽象的だけれど、そんな気がしてならない。

もしかして、秋が来たのかも。
それは「彼」も同じことを感じたのだろう、
テントから飛び出ると、彼はすでに起き、写真を撮っていた。
私たちがおそと暮らしを始めたころは、
やれ花が咲いた、ほれパンが焼けたと、
何かと言えばうれしそうにカメラを持ち出してきていたけれど、
最近はちっとも登板することがなかったので
それは、とてもめずらしいことだった。
「終わると思うと、この暑さも愛おしくなるもんやな」
そういって、麦わら帽子のつばをくいっと上げ、空を仰ぎ見る。
まだまだギラついた太陽が、容赦なく私たちを照りつける。

この夏の暑さには、本当に本当に閉口した。
おそとにいても涼しくなる、
もしくは涼しいつもりになるための
あらゆる手段を試し尽くしてみたが、それも限界がある。
結局、毎晩のように近所のコンビニに通って長時間立ち読みし、
効き過ぎのクーラーと店員からの冷たい視線で、
ヒエヒエになったカラダのまま、
そそくさと戻り、えいやっと寝てしまうという
なんとも俗っぽい方法で、なんとかやり過ごしていた。

「それに、畑もそろそろ根っこを整理せんとあかんな」
確かに、トマトにシソ、ナスに枝豆など、
春に植えた野菜たちはすでにピークを迎え、
目に痛いほど鮮やかな緑色だったのが、
今は黄みがかったやわらかなトーンに変わりつつあった。
これから株を抜き、土を掘り返し、細かい古根を処分する。
そして土壌改良をするため1週間ほど寝かせてから
またふたたび新しい野菜の種を撒く準備を始めるのだ。

「それにしても、おもろいよな」と
コーヒーを入れるための
お湯を沸かす準備をしながら、ぽつりと彼は言う。
「何が?」と私が聞くのがあたかも無粋に感じるほど、
それはひとりごとのような響きをふくんでいた。
「いや……野菜とか草花って、
アホみたいにどんどんどんどん変化していくやん。
芽が出て、育ってデカくなって、葉っぱ付けたと思ったら
実が出て、すぐに枯れてなくなってもうて。
そうして繰り返していくスピードがすごい早いのに
人間って同じ生きものの割に全然変われへん。
そらもちろん、カラダの中で新陳代謝はしてるんやろうけど
見た目にはあまりわからへんし、
超ゆっくりなペースで育って、老いて、死んでいく。
草花からしてみたら『あんたらもどかしいねん!』って
思ってるんとちゃうかなって思って」

私はあははと笑いながら、
その実、彼の言った言葉の意味を、深く呑み込んでいた。
咀嚼しているうち、なぜか私たちのことに、思いは至った。

私たちが出会ってから、およそ4年半が経った。
最初は「待ち合わせをせず、おそとだけで会う」
というおそろしく奇妙な付き合い方で、
ドキドキ、ヤキモキ、キュンキュンするような
恋愛初期における感情はおどろくほどなく、
おたがいがほどよい距離を保ちながら、
ほどよいペースで、少しずつ関係を育んでいった。
そして、ひょんなことからいっしょに暮らすことになり、
距離が急激に縮まったかというとそうでもなく、
のんべんだらりとした関係性が、今も続いている。

私たちは、いまどの時期にいるのだろう。

彼を見やると、この夏でまっ黒に日焼けをし、
もともと細い目はいよいよシワのようになり、
それは、漬かり過ぎて茶色くなった梅干しを思わせた。

なのに私は、そんな彼に好ましさを感じている。
胸をひたひたと満たすような、じんわりとした感情。

これはすでに「実が熟している」ということなのだろうか。
それともまだ「芽が出たばかり」なのだろうか。

どのみち、急ぐことはない。
私たちは私たちのペースで、育んでいくしかないのだから。

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(PDF)

TEXT:
Mitsuharu Yamamura
ILLUSTRATION:
Ikuyo Tsukiyama
TEXT:
Mitsuharu Yamamura
PHOTO:
Shunsuke Ito