決意を誓う瀬文(せぶみ 加瀬亮)の背中に当麻(とうま 戸田恵梨香)が「私情は禁物ですよ。‥‥でも‥‥,はい。」と応える。TBS系ドラマ『SPEC~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿』第5話(戊の回)のエンディングシーン、演出家堤幸彦はストーリーの節目となる場面の舞台として,高層ビルの屋上を選んだ。少しずつ白んでいく空。朝日に照らされる東京のスカイラインを背景に主人公二人のシルエットが浮かび上がる
ドラマや映画の節目のシーンとしてしばしば登場する屋上は,日常生活の節目の場としても重要である。以前,「あなたの好きな場所・重要な場所を4つあげてください」というアンケート調査をしたことがある。意外に多くの人があげたのが屋上であった。テラスや窓辺とともに,屋上は日常から少し距離をおいて気分転換のできる場所,いわば一番身近な「外」としての価値をもっているのである。
屋上のもう一つの魅力は,そこに生まれる人と都市との独特の関係である。建築や都市の専門家として,訪れた都市の塔や一番高い建物に登るようにつとめているが,これまで登った中で最も好きな塔は,イタリア・トスカーナ地方のルッカにあるグイニージ塔である。塔としてはあまりにささやかな高さだが,てっぺんに葉の茂った一本の木が生えており実に存在感がある。登ってみると木の下で少女が町の絵を描いていた。町がよく見える場所としてこの塔を選んだのだと思うが,後ろから見守っていると,少女がルッカの町と対話しているように見えた。
このように,高い場所にある屋上はランドマークとしての価値,都市を眺めおろすことのできる視点場としての価値に加えて,屋上に居る個人と都市全体を同時に風景に入れることによって,個人と都市が近づいて見えるという価値もあるのだ。普段地上にいる限り現代都市は個人にとって巨大過ぎるが,屋上にたたずむ時,個人は都市と直接的な関係を持っているように見える。『SPEC』の情景が魅力的なのは,主人公と都市が対等に重なり,拮抗しているようにさえ見えるからである。
近代建築にとって屋上庭園は重要な構成ヴォキャブラリーの一つであったが,最近は安全上の理由からビルや集合住宅の屋上は閉鎖されている場合が多い。なんとももったいないことである。都市と人間が独特の関係を持てる場として,都会人にとっての「身近な外」として,もっと積極的にデザインされてよい。たとえば,写真の聖路加タワーの屋上テラスは,手すりの横部材をなくして低くし,その分デッキから離して安全性を確保することによって,「手すりにもたれる」という屋上特有の姿勢が生まれることを避けている。その結果,あたかも人が海辺に佇んでいるような居方風景を作りだしているデザインの好例である。