羊に座る体験

〜上海万博オランダ館の居方〜

入場者数で大阪万博を越えられた悔しさのせいか,日本ではなんとなく冷ややかに報道され気味だった上海万博。しかし,私が廻れた中だけでもチリやスペインなど興味深いパビリオンは幾つもあったし,日本館の真面目かつ楽しめる演出は中国人にも人気で評価されていた。十分面白かった上海万博,「居方」的に印象に残ったオランダ館の羊について書いておきたい。

多くの国のパビリオンが閉鎖的な建物内にいわば別世界を造り,目玉の映像を鑑賞させる型式になっている中で,ハッピーストリートと名付けた8の字のオープンな立体街路に26の展示ブースを配置したオランダ館の構成は,色々な高さや方向から会場を眺める視点場も提供しており,設計者ジョン・クルメリングのアイデアが光っていた。

もう一つのOSOTO 〜屋上の居方〜

※矢野晃一郎(大阪大学大学院)撮影

そして足下には写真の様に羊のオブジェが沢山置かれており,ベンチ代わりに座れる貴重な休憩スペースとなっていた。最初目に入った時,てっきりパビリオンではなく展望台兼休憩所だと思ったほどである。羊には大きさや姿勢に幾つかのタイプがあり,抱えて動かすこともできる。人々は思い思いの格好で座り,写真を撮りあっている。行例に並んでようやく観ることができた映像は確かに凄かったが,後で「あれはどこの国だったか?」となりがちなのに対して,羊に座って記念写真を撮ったオランダ館の体験はきっと記憶に残るだろう。

もう一つのOSOTO 〜屋上の居方〜

パレ・ロワイヤルの居方でも書いたように,私は基本的には,座っている人の存在感を高めてくれる,背もたれのあるシンプルな椅子やベンチを好むのだが,この羊は憎めない。あくまでオブジェであり,人が座っていなくても寂しく見えないからかもしれない。実際羊たちだけになった夜の情景もなかなか味わいがある。

もう一つのOSOTO 〜屋上の居方〜

憎めない風景ではあるが,羊に座ることは日常的ではないし,動物虐待的だとも思ったが,調べてみると人が羊の背中にのるエピソードは世界各地にあることがわかった。たとえば,牡羊座のいわれの一つは,継母に生け贄にされそうになった双子の兄妹が金色の羊に乗って逃げたという神話である。また上野の国立博物館蔵の“揺銭樹”(ようせんじゅ:中国の後漢時代の副葬品の一つで中国版金のなる木)の台座は仙人が乗った羊であるし,“羊城”とも呼ばれる広州には,五色の羊にまたがった仙人が天から舞い降りてきて五穀を贈ったという都市誕生の伝説がある。

ということは,羊に馴染みが薄い日本人にとってはユーモラスなこの風景が,中国人にはおめでたい故事を,西欧人には逃亡を連想させる可能性があったのである。あらためて具象的なシンボル性のあるデザインの難しさと面白さを感じた。デザイナーはどこまで意図していたのだろうか。

すずきたけし
大阪大学大学院工学研究科准教授(地球総合工学専攻 建築・都市デザイン学)。1957年生まれ。建築計画,環境行動デザイン研究。共著に『建築計画読本』(大阪大学出版会),『環境と行動』(朝倉書店),『住まいのりすとら』(東洋書店),『まちの居場所』(同)

<これまでの居方>

祈る人
ここではない場所とつながる居方
よじ登る子ども達
みんなで,全身で確かめる彫刻
街角の予告編上映会
映画「ニュータウン物語」自主上映会街頭宣伝
羊に座る体験
上海万博オランダ館の居方
もう一つのOSOTO
屋上の居方
コモンズとしての縁台
インドネシアLae-Lae島,バレバレの居方
ワイルドなベンチ
メキシコ国立自治大学の彫刻空間の居方
そこに居る「あなた」
パレ・ロワイヤルの居方
斜面とディテールが生み出す風景
梨花女子大学キャンパスコンプレックスの居方