斜面とディテールが生み出す風景

〜梨花女子大キャンパスコンプレックスの居方〜

これが現代のキャンパスデザインなのだろうと納得させられた。施設を地下に埋めることはもはや珍しいことではないが、建築家ドミニク・ペローは、歴史あるソウルの梨花女子大のキャンパスに対し、ゆるやかな谷のようにボイド(キャンパス・ヴァレー)を掘り込み、その両側にキャンパスコンプレックスを埋めて地上を庭園化した。少し軸を振っているヴァレーはゴシック様式の本館をダイナミックな構図で浮かび上がらせ、明らかに「由緒ある建物が並ぶ中に、今風デザインの新館を建設する」のとは違う、キャンパス計画のあり方をみせてくれている。

スターバックスはもちろん、レストラン、コンビニ、書店、花屋、映画館、ギャラリー、ホール、フィットネスセンターなどなど、詰め込まれた施設の充実ぶりもうらやましいし、地下化と徹底した制御による省エネルギー効果にも感心したが、人の居方の観点からは、ごくシンプルで大胆な構成のランドスケープ操作とディテールデザインによって、多様なスケールの魅力的な居方風景を創りだしていることに注目したい。

たとえば、掘り込まれた光庭の表面の鱗のようなステンレスは、エレベーターホールの背後に煌めく光を導き、エレベーターを待っているだけの場面が、「女子学生達が輝きに向かって立つ」印象的な情景となっている。ガラスカーテンウォールを支持するフィンは、見る角度によってファサードの表情を変えるだけでなく、その側面にヴァレーを颯爽と歩く学生の姿を「予兆」および「残像」として映し出す。

そして何よりもキャンパス・ヴァレーが創りだす風景。本館側はひな壇型、街側はスロープの斜面、それぞれ新鮮な人の居る風景を生み出しているが、特にスロープ側は、そこを行き交う多数の人々の全身のシルエットを、重ねることなく垂直に分散させて視野に入れてくれる。それは水平面の世界では不可能な見え方であり、斜面の持つ力を再確認させてくれる。

斜面とディテールが生み出す風景
すずきたけし
大阪大学大学院工学研究科准教授(地球総合工学専攻 建築・都市デザイン学)。1957年生まれ。東京大学工学部建築学科卒業。同大学院博士課程、同大学助手を経て1997年より現職。共著に「建築計画読本」(大阪大学出版会)、「環境と行動」(朝倉書店)

<これまでの居方>

祈る人
ここではない場所とつながる居方
よじ登る子ども達
みんなで,全身で確かめる彫刻
街角の予告編上映会
映画「ニュータウン物語」自主上映会街頭宣伝
羊に座る体験
上海万博オランダ館の居方
もう一つのOSOTO
屋上の居方
コモンズとしての縁台
インドネシアLae-Lae島,バレバレの居方
ワイルドなベンチ
メキシコ国立自治大学の彫刻空間の居方
そこに居る「あなた」
パレ・ロワイヤルの居方
斜面とディテールが生み出す風景
梨花女子大学キャンパスコンプレックスの居方