中国には「雨打芭蕉」という名の、とても有名な曲がある。その名のとおり、雨がバショウという植物の葉を打つ音を題材にした曲だ。この曲が中国南部の風情を良く示していると中国人留学生に教えてもらった。

「雨打芭蕉」を琴で弾いている様子
» http://www.youtube.com/watch?v=hFXaoB9G19g

この中国の古い琴の音を聴くと、何となくその風情を理解できるような気持ちになる。なるほど「あめふり」、「あめふりお月さん」、「雨」、日本にも「雨」を主題にした童謡が多いのも、雨に恵まれ、水が豊かな地域の「音の感性」が共通しているからではないだろうか。このように風土やお国柄をとおして「音」を考えていくと、「サウンドスケープ=音の風景」という言葉が思い出される。そこで今回はサウンドスケープ、すなわち「おそとの音」の楽しみ方について、中国でもっとも美しい景色を持つと言われる水都・蘇州を題材に考えてみよう。

蘇州の拙政園(せっせいえん)という有名な庭のなかに、「聴雨軒 (ちょううけん)」という建物がある。この建物は、周囲にバショウやハス、タケが植えられ、これら植物の葉に落ちる雨の音を楽しむための東屋(あずまや)だ。植物の葉に落ちる雨の音を楽しむという感覚は、日本人からすれば、とても珍しいことだと思うのだが、中国南部の地域ではきわめて一般的な風情とのこと。さらに中国の庭園サウンドスケープ研究家のヤン・シャオメイ先生によれば、「聴雨軒」をはじめとして、蘇州の多くの建物の軒先には樋(とい)が無く、屋根に落ちた雨が水滴になって落ちやすいように、軒先が独特の尖ったかたちにデザインされている。地域独特の屋根のかたちや雨落ちが、水滴の音を楽しむことにつながっているとしたら、これは驚きだ。一方、こんな繊細な音の楽しみは、急激な都市化が進む蘇州で走り回っている自動車の音にかき消されないだろうかという危惧もあるが、実は庭の周囲には分厚くて高い塀がめぐらされていて、この塀と奥深い玄関が相まって、周囲の騒音を遠ざけている。これもヤン先生に教えてもらった。彼女によれば、このようなノイズ軽減のための仕掛けが、蘇州の他の庭園にも多く採用されているらしい。

聴雨軒

聴雨軒の軒先

聴雨軒に面する小さな庭

拙政園の風景

獅子林の滝音

獅子林(ししりん)は、拙政園のすぐ近くにある「太湖石」という奇岩で有名な庭園だ。所狭しと配置された太湖石のトンネルや、狭間を縫うように池の周りを回遊する園路が面白い。池の水面は、鏡のように動かない止水なのだが、一か所、多段の滝が配置され、ここで一息つくことができる。交響曲「運命」の重苦しいテーマに続く休符のように、奇岩ばかりの重厚感が目立つ庭園空間に、滝の水音が一瞬の休符を演出している。

太湖石

太湖石を背景にした記念撮影スポット

池を巡る奇岩の園路

池を巡る奇岩の園路

蘇州の電動バイク

虎丘の鳥の声

虎丘(こきゅう)は、美しい景観を誇る蘇州のなかでも、ベスト・ランドスケープ・スポットとでも言うべき小高い丘。古代の墳墓だ。ぐるりと周囲を取り囲むように、水路が巡っており、丘の頂上には“雲岩寺塔”という巨大な塔がある。少し傾いているので、中国の「ピサの斜塔」とも呼ばれている。周囲の水路と、丘の斜面のおかげで、虎丘は車道から隔絶され、自動車が入れない。土産物屋街の狭い路地にはバイクが走っているが、これは電動バイクで走行音は静かだ。虎丘の雰囲気を壊さないように気遣っているのかと思ったが、上海でも電動バイクは一般的らしい。何はともあれ、虎丘エリア全体が、とても静かだ。この閑静な雰囲気のおかげで、この丘では風の音が聞こえるような気がするし、鳥の声を楽しむこともできる。鳥の鳴き声や虫の音、葉擦れの音など、様々な自然音が鮮明に聞こえることをハイファイ(Hi-Fi)なサウンドスケープと言うが、虎丘のハイファイ・サウンドスケープに包まれて眺める蘇州のランドスケープは、まさに気持ち良い!

虎丘を取り囲む水路

虎丘から蘇州市街地への風景

虎丘へのエントランス

頂上へのランドスケープ

蘇州の斜塔、雲岩寺塔

千人岩へと降りてゆく園路

千人岩へと降りてゆく園路

水都・蘇州には水路が張り巡らされ、あちこちで美しい風景に出会うことができる。また、そこに残された庭園群は「蘇州古典園林」として世界遺産にも登録されている。これらのランドスケープは文字通り、私たちの目を楽しませてくれることは間違いない。これにサウンドスケープや香り、味わいなど、さらに五感からのアプローチを加えれば、蘇州の楽しみが何倍にも増加するに違いない。また、日本との自然に対する感性は、微妙に食い違いながらも、共感できる部分を数多く見つけることができる。滝音や水音の演出、鳥の鳴き声、虫の鳴き声が醸し出す季節の風情、さらに静けさを積極的に感じ、楽しむため技法、ひいては移り変わる自然や、過ぎ去る時間への想いなど、欧米的な価値観からは見えてこない様々な感性を発見することができる。両国の自然を題材としたサウンドスケープを通して、もっともっと中国と日本が共鳴できる部分が見つかるのではないだろうか。

虎丘周囲の水路の風景

樹林と石の広場

水路にオーバーハングするカフェ

水路に面する建築物

拙政園近辺、白い壁の街並

池と雀

奥行きのある水路の風景

白い壁と四阿、水路の風景

「蘇州夜曲」という歌がある。ここには鳥の声や鐘の音など、蘇州のサウンドスケープと自然が歌われている。こんな古い日本語の流行歌を聴きながら、水都・蘇州のサウンドスケープを想像するのも、おそとのサウンドスケープを楽しむうえで一興だと思うのだが。