パリ郊外の大学院に留学していた際、週明けの学校ではクラスメイト達からこう聞かれることが多かった。「お前は、どんな『文化的な外出』をこの週末にしたのか?」
週末も部屋にこもって課題に取り組まねば授業についていけなかった自分にとって、この上なく辛辣な質問であった。
『文化的な外出(sortie culturelle)』とは、まちなかに映画や演劇を観に行ったり、演奏会に出かけたり、といったことを指す。週末はおそとに出かけ、文化の評論を仲間と楽しむのが、パリ人の都市生活なのだ。

パリの文化行事のポスターは個性的だ

 屋外に出かけることが好まれるフランスでは、ポスターや看板などの屋外広告物がマーケットに占める割合は、広告業全体の中で12%と、他国と比べて高い (米は3.3%、英は5.7%)。また近年は、屋外広告の市場の成長率はテレビCMや新聞広告よりも高くなっている。

ラファイエットにはブリジット・バルドーが

公道に面した壁への広告パネル

屋外広告が多いフランスだが、当然ながら景観重視のフランスでは、屋外広告物の規制は厳しい。凱旋門からパリ市内を眺めてみると、建物の屋上に看板が一つも設置されていないことに驚く。

凱旋門より撮影

凱旋門より撮影

 パリの中でも歴史的建造物が集積するマレ地区は、規制が特に厳しく、建物にはその建物内でお店を営む者の看板しか設置できず、他社の広告掲出は禁止である。

マレ地区では看板のデザインも落ち着いたものでなければならない

 ところで、パリでは、2007年からヴェリブ(Vélib’)と呼ばれる都市型共用サイクルシステムが運用されている。現在(2012年12月)で、2万台の自転車が1,800のステーションに設置されており、とても利用しやすく、評判も良い。

自転車のメンテナンス状態も良い

パリでは自転車ブームが持続している

 このようなシステム導入はお金がかかりそうであるが、パリ市は運用コストも含めてほとんど支出していない。錬金術の鍵となるのが、先の屋外広告物規制である。
このサイクルシステムは、市から公道への屋外広告パネル設置の規制緩和を独占的に受けた広告会社が運営している。規制が厳しいパリで広告パネルを設置できるメリットは、広告会社にとってサイクルシステムの運営コストを上回るのである。

規制緩和による広告パネルの設置

 このようなタイプの規制緩和はこれに限らない。国が文化財を修復する際には、工事現場を隠すための広告パネル設置を特例として認め、広告会社からお金を取ることで修復費用の一部を賄っている。文化財に限らず、広告会社は工事予定の現場を探り、現場を覆う囲いの無料設置を施主に提案しながらパネルも設置させてもらっている。工事期間に限っては普段パネルを設置できない場所にもパリ市は特例的に設置を認めている。確かに工事現場がむき出しでは景観が阻害されるので良いアイディアかもしれない。

工事現場は屋外広告パネルが設置される

現在改修中のフォーラム・デ・アール

 しかし、屋外広告掲出の行き過ぎを良しとしない考えもある。環境保護団体の中には、屋外広告物の過剰を公害と捉え、違法広告物への裁判活動を専門とする会もある。巨大広告物に対しては、街頭に黒い幕を持参した会員が集まり、覆いをすることで抗議の意思を示すデモ活動も行われる。商業主義が公共空間を覆っていくことへの抵抗がここにある。

工事現場を隠すパネル設置への抗議活動

学校前へのパネル設置への抗議

写真提供:Résistance à l’agression publicitaire

 どのような屋外空間が望ましいのか、ということが市民の共通の関心事であり、議論も活発に行われている所が都市としてのパリの魅力を高めているのかもしれない。