光はあきれるほど惜しげもなく地上に降り注ぎ砂を焼いた。優しく柔らかな湿りけを含んだ海からの風が、時々思いついたように椰子の葉を揺らせた。僕は何度かうとうととまどろみ、そして足元を通り過ぎる人々の声や風の音にふと目覚め、その度に俺は何処にいるんだろうと思った。ハワイにいるんだと自分を納得させるまでに少し時間がかかった。汗が日焼けオイルと混ざり合って頬をつたい、耳元からぽとぽとと地面に落ちた。様々な種類の音が波のように寄せたり引いたりした。時々それに混じって自分の心臓の鼓動音が聞こえた。僕の心臓もまた地球の巨大な営みの内の一つなんだという気がした。

僕は頭のネジを緩め、リラックスした。休憩時間なのだ。

―― 村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』,1988,講談社 より

世界一のおそとへ - アメリカ/ハワイ

誰にも休憩時間が必要だ。日本での忙しい日常をこっそり抜け出し、何もかもいったん放り投げて、ワイキキビーチへ出かけよう!そこは世界中の人々に愛される世界一のおそと。ここに来るだけで、誰もが幸福になれる場所。おそとってやっぱりこうでなくっちゃいけない。屋外空間の使いこなしやマネジメントの仕組みなんてみみっちい(?)ことはどこかに置いて、とにかくビーチに寝ころぼう。ああ、もう原稿なんて書いていられない。椅子に座ってパソコンに向かうのなんてまっぴらだ!地球が回り続けていることはこんなにも素晴らしく、そして、僕は確実にその営みの一部なんだ。

しかし、休憩時間はいつしか終わる。そして、僕たちはまた、それぞれの日常に戻っていくのだ。

世界一のおそとへ - アメリカ/ハワイ

では、原稿に戻ることにしよう。そんな世界一ハッピーなおそとワイキキビーチは、実はわずか数十年の間に、物理的にも心理的にも人の手によってつくられた「人工的」な砂浜だ。

このビーチがリゾート地として脚光を浴びるようになったのは、1901年にモアナホテルが開業してからのこと。それまでも王族たちの別荘地であったようだから、その環境の良さは古くから知られていたのだろうが、周りはバナナ園やタロイモ畑が広がる湿地帯で、海岸線はゴツゴツしたサンゴの浜だったようだ。

ワイキキビーチが本格的に開発されるのは1930年代以降のこと、はじめは周辺から、果てはカリフォルニアやオーストラリアからも砂を運び、世界一美しい砂浜がつくられていった。モアナホテルはそのエレガントな佇まいから「ワイキキのファーストレディー」と呼ばれ、世界中から富豪がこぞって訪れた。また、その中庭から波音とハワイアンミュージックを届けるラジオ番組「ハワイ・コールズ」によって、ハワイの夢の楽園としての名声は全世界に広められていった。

こうしてワイキキビーチは世界一のおそととしてのイメージをわずか数十年のうちに築き上げていったのである。

世界一のおそとへ - アメリカ/ハワイ
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ワイキキビーチは自然の理に反して人工的につくられた砂浜であるから、放っておくとその白砂が波にさらわれて消えてしまう。実は毎年30cm以上も浸食が進んでいるとのこと。実際に訪れてみると、イメージとは裏腹にその幅の狭さに驚く。これまでに何度もビーチの砂は補充されてきたのだが、特に近年では温暖化の影響もあってか浸食が著しく、大規模な砂の補填工事が繰り返されており、州政府のみならずビーチに面した各ホテルも莫大な費用を負担している。自然を満喫するビーチの裏には実はこんな人工の努力が隠されているのである。

加えて、心理的なハワイのイメージを保っていくための工夫も続けられている。地震や不況の影響もあって観光客が伸び悩むなか、州政府は「Hawaii Tourism Strategic Plan : 2005-2015」を作成し、「旅行者に対して独特で忘れられない充実した経験」を提供するために、もう一度「ハワイ独自の文化資源」の良さを伝えることに立ち返ったブランド戦略を展開している。なるほど、ビーチやショッピングセンターの至る所でハワイアンミュージックが流れ、フラのショーが催されている。あわせて、高齢者に配慮したバリアフリー化や自転車交通の積極的な導入など、社会的な課題と観光の連携にも力を入れている。

世界一のおそとへ - アメリカ/ハワイ
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このようにワイキキビーチの幸福の後ろには、ハードとソフトのたゆまぬ努力が隠されているのである。あきれるほど光を受ける砂も、思いついたように風に揺れる椰子の木も、足元を通り過ぎる人々も、実はパラダイスとしてのワイキキビーチのイメージがつくり上げた世界なのである。

はたして日本にもこんなハッピーな風景があるだろうか・・・そうだ、それにふさわしい風景が日本にも一年に一度だけある!「お花見」今がちょうどその時季だ。ワイキキビーチが人工的につくられたように、ソメイヨシノも江戸時代に人工的につくられた園芸植物である。そして、それを愛でる風習は瞬く間に広がって、今では日本各地で1週間だけの幸せに満ちた世界がそこかしこに出現する。誰しもが花の下に集い、食事や会話を楽しむ。花は人生の美しさも儚さも教えてくれる。僕も地球の巨大な営みの内の一つなんだと気づかせてくれる。まさに日本が世界に誇る幸福な風景だ。

でもやっぱり・・・なんと言ってもハワイは常夏なのだ。一週間どころか、一年中毎日がパラダイス!花冷えで寒い日が続く今日この頃、日焼けオイルの匂いを思いだしながら、やっぱりワイキキビーチは世界一のおそとだなと改めて思うのである。

世界一のおそとへ - アメリカ/ハワイ
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