ボーデン湖はドイツ最南端とオーストリア西端、スイス北東端の三カ国が接するドイツ最大の湖である。湖は最長63km,幅は14km,水深は平均90mで最深部は250mといわれる。アルプスの雪解け水など周辺3国にまたがる流域圏から湖に水が流れ込む。以前は大変汚れていたが、ボーデン湖周辺の上下水道の整備や国境を超えた流域圏単位の水政策の効果により、長い時間をかけて美しい湖へと変化した。ボーデン湖はドイツ有数の保養地であり、またドイツ人なら誰もが憧れる夢の場所である。
今回は、ドイツの生活を振り返り、ボーデン湖畔の水と共に暮らした日々について書く。元同僚や友人から提供してもらった写真を元にボーデン湖の春夏秋冬の水の風景の移り変わりと水と共に暮らす人々の豊かさを感じて頂ければと思う。ボーデン湖で一番素晴らしいのはその環境だ。海のような広大な水面とその背後に連なるスイスのアルプス。そして湖畔にはブレゲンツ、マイナウ、コンスタンツなど宝石のような美しい町が点在しており、その間に自然保護区域である湿地や自然の美しい護岸が保たれている。
ボーデン湖の春は壮観だ。長く暗い冬が終わると湖畔の植物全てが一斉に芽吹き始め湖の周りの丘や山の色は変化を続ける。花は数週間の間に一斉に咲き、特にマグノリアやライラックが美しい。人々はこの時期ピクニックやロック・クライミング、軽いハイキングなどを始める。残雪のために山に本格的に入ることはできないが、もう嬉しくて森や丘に家族や友人と出かけるのである。この季節の私のお気に入りはリンゴの古木が植えられた、湖が一望できる丘の上で花見ピクニックをすることだ。リンゴの花の甘い香りの中で緑の丘に座って湖を眺めながら何時間も話し続ける。毎回企画者の設定するテーマに合わせてアペタイザー、野菜、デザートなど、事前に持ち寄る食べ物が重ならないように調整することが大切だ。最後は星を眺めながらたき火をしたり、音楽を演奏したりする。
夏のボーデン湖地域は人で埋め尽くされる。人々は湖畔のビーチや芝生地で日光浴、そして暑くなったら湖で泳ぐことを繰り返す。他に人気があるのはヨットだ。広大なボーデン湖に浮かぶ何百ものヨットが風を受けて走る姿は壮観だ。ヨットの他にもカヤックやウィンドサーフィンをする人もたくさん訪れるし、ゴムボートを浮かべて水の上の時間を楽しむこともできる。湖畔には驚くほどの数のキャンプ場や自然体験施設、ビーチや自然保護区域があり、自転車でこうした湖畔を周遊する自転車道も整っている。夏にはどの町も、湖に面した屋外空間にテーブルやパラソルを出し、水辺のプロムナードは大賑わいとなる。私のお気に入りはよく冷えたワインを持って水辺の石のテラスに座り、夕日と鏡のように空の色を映しこんで刻々と変化する湖の色を眺めながらお喋りすることだ。
ボーデン湖の秋は急にやってくる。10月を過ぎると風が冷たくなり湖周辺の木々が一気に色づき始め、鮮やかな紅葉になったと思うと急に葉が散り寒い冬の到来である。秋は収穫を祝うお祭りや市場が開かれる。太陽が出ている日中は暖かいので湖畔を散歩したり、山にハイキングに出かける人も多い。
冬は長く憂鬱な季節だ。降雪量は年によってまちまちだが、マイナス15度前後まで気温が下がる日もある。日に日に暗くなる時間が早まるので、必然的に家の中で楽しむパーティーや屋内のイベントが増える。けれども、クリスマス・マーケットが開かれる12月は、スパイスの効いた暖かいワインを啜(すす)りながら湖を眺めたり、仮設のアイススケート場でスケートをしたりする。数年に一度だが、湖の水が凍りその上をスケートで移動できるようになる。ここでドイツ人の子どもたちは大興奮。アイスホッケーをしたり、氷の上で、風を受けて走る橇(そり)を使って競争したり、冬には冬の屋外の楽しみを追及する。
ボーデン湖畔の町で人々はこのような一年を過ごす。屋外や水辺の使い方などプログラムが用意されていなくても、自分たちで環境を生かした楽しみ方をつくり出すことができる。これは小さいころから自然と親しみ、水と共に育つからであろう。ボーデン湖畔の生活は不便な点も多い。電車の本数は少ないし、湖を直線距離で結ぶ橋やトンネルはもちろんない。フェリーや船が日常の交通手段であり、車はスピードを落として湖の周りを遠回りしながら走らなければいけない。町には大きいショッピングモールやレストランもない。
私が経験したドイツ・ボーデン湖畔の屋外空間の素晴らしさはすべてがこの美しい湖を中心に成り立っていることにある。曲がりくねった道をゆっくり走るからこそ見ることができる、黒い森を抜けて突然頭上に現れる深い青色の空や、夕焼けに染まっていく果てしなく広がる水面を眺めながらゆっくり流れる時間を感じる瞬間に、湖畔の生活の豊かさを感じることができるのだ。