「それは私たちの空間だ」 都市環境の質の向上をめざして設立されたイギリスの行政機関であるCABE※のレポートはこう呼びかける。都市の公共空間とは、本来私たち一人ひとりのための場所であり、それぞれが自覚を持って利用することで、日常的に親しまれ、愛される場所となるべき空間のはずである。ところが日本の公園では「ここはみんなの公園です」と書かれた後に禁止事項がたくさん並べられた看板をよく目にする。「私たちの」ではなく「みんなの」を主張する公園は、みんなのためにやってはいけないことばかりが強調され、概して「誰のためにもなっていない」不自由な空間となってしまっている。これでは、公共空間を自分のための空間として親しみ、愛していくような社会のムードが育つはずもない。公園の看板と言えばもう一つ「芝生に入らないで下さい」というのも定番だが、CABEの別のレポートの表紙では「どうぞ芝生をお歩き下さい」と書かれた看板が表紙を飾り、ユーモアたっぷりに芝生の広場が持つ公共空間としての本来の意味を投げかけている。

CABEはこのような公共空間の本質的な意味を市民に伝えるレポートをたくさん発行し、無料で配布している。そればかりでなく、地方自治体の支援や都市開発への助言、コミュニティリーダーの養成や学校教育プログラムの提供など、都市環境の質を向上させるために、空間と生活の両方を改善していく様々な活動を展開している。

その成果はイギリス各都市の都市再生の現場にあらわれている。例えば、イギリス第二の都市バーミンガムでは、次々に展開される都心部の大規模再開発地が歩行者空間で結ばれ、旧市街から大規模ショッピングセンターまでがひとつながりの公共空間になっている。特に目抜き通りの終着点に位置する教会周辺の風景は圧巻だ。新しくできた商業施設が中世の広場に新しい魅力を与え、買い物を楽しむ家族から、ベンチで愛を語る恋人たち、散歩を楽しむ老人や、元気に遊ぶ子供まで、あらゆる立場や価値観を持つ人々が広場を利用している。古い教会が持つ風格と商業施設の斬新なデザインとが風景にコントラストを与え、日常的な利用の場としてだけでなく、祭典のパレードにも映える舞台となっている。長い歴史の蓄積の上に、新しい生活の魅力がしっかりと重ねられ、都市再生の象徴的な風景をつくり出しているのである。ひとたびその雰囲気に包まれたなら、誰もが都市に生きる喜びを肌で感じ、このまちが好きだと惚れ込んでしまう。CABEはこのような都市空間のデザインに対する改善と並行して、日々の暮らしに溶け込んだ公共空間の持つ意義を伝え、都市に生きることの素晴しさを人々に認識してもらうことで、都市に対する誇りや愛着を育むことに力を注いでいるのである。

おそとがつくる都市のムード

一方、日本第二の都市、大阪の都市再生はどうだろう。乱立する再開発ビルは、限られたパイを奪い合いながらそれぞれに経済的な繁栄を競ってはいるが、それらが互いに連携して、都市の顔としての公共空間をつくりあげるというような状況には程遠い。人々が都市に夢を託すべき場所も雰囲気も用意されているとは言い難いのではないだろうか。大阪のまちにも「ここは私たちの空間だ」と呼べるような場所が欲しい。そのためにはCABEのように、都市再生とは都市生活の再生なのだと市民に分かりやすく訴えることが必要だろう。『OSOTO』がその一端を担い、新しい都市のムードが醸成されることを期待している。

※CABE(The Commission for Architecture and the Built Environment:英国建築都市環境委員会)
1999年にイギリス政府によって設置された行政機関。建築や公共空間に関する幅広い分野のリサーチやそれらを通じて得られた知見によるアドバイス、さらには成果の情報発信や教育まで、専門的・技術的な視点から都市環境の質的向上を支援している。