大阪港と姉妹港提携を結ぶフランスの都市ルアーブル、ある日の朝、駅前通りに行くと道路に停められた車の周りに人だかりができている。ある人は車の下をのぞき、ある人は窓から中をじっと見ている。太いロープが、数台の車のフロントガラスやボディを突き破り、車を道路に縫い付けている。道路のアスファルトには、掘り返した様子はなく、スッと針が通り抜けたように見える。
その場を離れ、町の中心部の広場に向かう。そこでは巨大な少女がベッドで目覚め、シャワーを浴び着替えている。周りでは、お年寄りから小さな子どもまで、大勢の人たちが少女の動きを眺め、少女の動きに合わせ、笑い、驚き、楽しげに会話を交わしている。
これは、ナントを本拠地とする劇団、ROYAL DE LUXE(ロワイヤル・ド・リュクス)の公演の一場面で、道路に縫い付けられた車は、主人公の少女がいたずらをして縫い付けたという設定である。その少女は、身長が5mの操り人形であり、コンピューターなどを使わず人力で操作され、その巨大な体からは想像できないくらい繊細な動きや表情をする。木でできた体は温かみが感じられる。
ナントはフランスの西部にあり、18世紀にはフランス随一の貿易港として栄えたものの、1970年代には周辺の都市に貿易の中心が移り、衰退した。その後89年に「文化芸術によるまちの再生」を掲げるエロー市長の就任により、芸術によるまちづくりが進められ、雇用が生まれ、人口が増え、まちが再生を果たした。ロワイヤル・ド・リュクスも、89年に本拠地をトゥールーズからナントに移し、その後世界各地でパフォーマンスを行っている。
「十五少年漂流記」などの作品で日本でも知られる作家、ジュール・ベルヌは、ナント出身であり、この劇はベルヌの「八十日間世界一周」をもとに作られている。「スルタンの象と少女」というこの作品の主人公は、寝不足に悩む王様と巨大な少女。王様は、タイムトラベルをする少女に会うことで寝不足が解消すると思いこみ、彼女を探すためにタイムトラベルをする巨大な象を作らせた。ルアーブルに表れた少女を象に乗った王様が追う、という筋書きである。
4日間行われる劇のフィナーレでは、ロケットに乗り旅立っていく少女を、象や王様、数千人の観客が見守る。夕焼けを背景に浜辺で繰り広げられる感動的な別れに観客は涙し、大きな拍手で少女を見送る。
この作品は、まさに「まち全体が舞台」である。フィクションを行政や市民が受けいれ、まちごと絵本の世界に飛び込んでいる。公共空間で繰り広げられる劇は観覧無料で、ルアーブル市によると、行政は広く市民に文化芸術に触れる機会を提供するのが役目、と言う。
これだけのイベントでありながら、警備員の姿はなく、少女や象を取り巻く観客も劇団スタッフが広げるロープ一本で道を譲る。沿道を観客が埋め尽くす中、巨大な象や王様の従者がまちを練り歩く。ときおり象は観客に向けて水を吹き出し、観客は喜んで逃げ惑う。道路では車の通行止めを行っているだけでなく、邪魔になる信号機は移動され、フィナーレの広場では街灯が取り外されている。
世界遺産でもある街並みを背景に、お別れの場所に向かい巨大な象と少女がゆっくりと進み、その足元を大勢の観客が一緒に進んでいく。期間中、少女と象を探して路地を抜け、広場を通り、地元の人達と歩いて過ごした。初めて来たまちなのに、知らない間にルアーブルが身近になり、好きになっていく。公共空間の使い方、おそとの使いこなし方として、これだけ感動的なものに出会ったことはない。